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小説「イメージ2」No:34


イメージ No:34

「えらっしい」
「女将!」
「あいよ」
女将が嬉々として急ぎ、のれんを外して店の中にしまう。
「もしもし。銀座の福寿司ですが、女将さんお願いします」
「はい。私です。福賀専務ですか?」
「そうです。大丈夫でしょうか?」
「大丈夫です。そんな予感がしたので空けて待っていました」
「よかった。それでは此れから伺いますのでよろしくお願いします」
「はい。了解です。お待ちしています」
「もしもし、銀座の福寿司です。伊東までバスを1台お願いします」
「はい。あれですね」
「あれです」
「了解」

 初めての二人は何が始まったのだろうと呆気に取れれて興味津々。
大将の声が店内にひびく。
「今日はこれから店の温泉一泊旅行になりました」
福寿司では福賀が来ると其れは伊東温泉一泊旅行に自動的になるのだ。
馴染み客はそれを楽しみにしていて、ひょっとしたら其の日に当たらないかと
願いながら楽しみにして来ている。

 お!今日は付いてるぞって顔がちらほら、そんな事があると聞いていた客は
やっと出会えたかとニコニコしている。
いつもの大将の声が飛ぶ、夫々が旅行に行く準備を始める。
「そう言う訳でね。明日お土産を持って帰るからよろしく」
「そう。だから明日。夕方楽しみにしていてください」
行く客は家に連絡するし、行かれない客は残念そうに帰って行く。

 点字の先生と手話の先生には秘書の海辺が説明をしている。
「え!そうなんですか?」
「そうなんです」
「すごいですね」
 先生と云っても未だ大学生だから、こんなの全く初めてのことだ。

「私たちも行って良いんですか?」
「どうぞって福賀専務が云っています」
「行きます」
この状況では行くしかないでしょう。
「私も行きたいです」
本当なら此処まで話しておくものですが、福賀のサプライズ感覚なんですね。
云ってしまっては驚きも何もないってことなんでしょう。

 急いで心配を掛けないように連絡の電話をしている。
そばで海辺がフォローしている。
「私、株式会社雪月花で福賀専務の秘書をしている海辺です。心配ないです。
今までお世話になっているお礼にと福賀専務が招待した温泉旅行ですから」

 40分もしない内にバスが来たと連絡が入る。
「海辺さん。お連れの方は初めてかしら?」
福寿司の女将が聞いて来た。
「はい。沢利です。よろしくお願いします」
と点字の先生。
「私は川沿です。よろしくお願いします」
と手話の先生。
「そうですか。大学の学生さんで点字と手話を福賀専務さんに教えてるの?」
そんなこと全く知らなかったから女将は驚いたり感心したりしている。
また、新しい福賀専務の違う面が増えた感じで嬉しそうだ。

「福賀専務と一緒だとこう云うことになるので一緒じゃなくても来てね」
「はい、でも私には贅沢すぎる感じで・・・」
「そんなことないわよ。福賀専務の先生なんだから心配いりません」
「うふふ」
海辺が笑みを含んだ目で二人を見た。
「後で海辺さんに色々お聞きになれば解るわよ」
「初めてのことで此れらどうなるのか全然解らなくて・・・」
「うふふ。想像なんてしない方が楽しいわよね。海辺さん」
「そうですね。どうなるのかな~どうなるのかな~って感じで楽しむ方が
良いですよね。女将さん」

「私は福賀専務の秘書になって、このツアーで伊東にご一緒させていただて
からですが、川沿さんと沢利さんは福賀専務のところにいらっしゃったのは
いつ頃ですか?」
「私たちは福賀専務さんが部長さんの終わり頃でした」
「一緒に呼ばれて依頼されたのですか?」
「そうでした。伺ったら沢利さんと入り口でばったり」
「ビックリでした」
「それって、本当にぴったりだったから不思議な感じでした」
「まるで福賀専務さんに吸い寄せられたような』
「ほんと、そんな感じでした」
「レッスンは今と同じ位の時間で?」
「そうです。1時間づつ」
「二人で両方覚えられますね」
「私は点字が専門だけど手話も勉強できて良かったです」
「私は手話が専門ですが点字を学べてラッキーです」
「私は専務と一緒に両方教えていただけて凄く感謝しています」

「福賀専務さんは女性と一対一にならないようにされて居るみたいですね」
「それは何時も気を使っていらっしゃるようですよ」
「会社の仕事ではどうなのかな~って?」
「同じですね。専務は会社にいらっしゃる時は専務室にお一人で、私は専務付き
ですが秘書室にいて呼ばれたら専務の部屋に伺います」
「それって緊張しませんか?」
「ええ、色々な意味で緊張します」
「どの位?」
「そうですね。この位』
海辺は右手の親指と人差し指の先を少し広げて答えた。

「へ~ぇその位ですか」
「ははは、本気にしちゃった?そんな訳ないでしょう」
「でしょうね。福賀専務さんって大学卒業して即部長で入った人でしょう」
「業界では初めてのスカウトですからね」
「この方がって見てしまいます。私たち大学生としては雲の上の人です」
「凄過ぎて私たちとはレベルが違う特別な人って感じです」
「それは私たち社員も同じだと思いますよ」
「資質もある上に素質に恵まれて其の上で鍛錬したり努力したり磨いたり」
「誰もしていない努力をされて来られたんだと思います」
「やっぱり違いはそこにありましたか」
「ありましたね」
「明日はお二人もこの位緊張しますよ」
と海辺はさっきと同じように指で示した。

「私たち大学は違うけど未だ学生だし・・・」
「サークルに入って勉強中だし・・・」
「でも、凄いじゃないですか」
「凄くはないですよ。好きだからやってるだけです」
「そうね。私も興味があって好きだからだと思う」
海辺は黙って二人の話を聞いている。
「始めは点字って暗号みたいで素敵って感じで入りました」
「私は手の踊りみたいな感じでフラを連想したんです」

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「先生方はレッスンの後、専務に何処かに連れていってもらったりは?」
「全然ありませんでした」
二人は同時に頷いた。
「海辺さんは福賀専務付きの秘書だから何度か付いて来られてるでしょう」
「はい。今日で3回目です」
「これは本当にビックリ旅行って感じですが海辺さんは慣れていらっしゃる」
「いいえ。まだ慣れているって感じは全然ありません」
「へ~ぇ3回でも?」
「3回でもです。その度に違って同じって事がありませんから」
「今度どうなるか知りたい反面、知らない方が良いかもと思っています」
「そうですよ。知らない方が一つ一つ新鮮です」
「初めて福賀専務さんと外に出たら其処が福寿司で伊東に行ってこんなだった」
「それで良いことにしましょう」
「其れは其れとしてバスの走り方が気になりません」
「私も気になってた」
学生先生二人が云い出した。
「止まったか動き出しているのか止まっているのか殆ど感じない」
「本当にそんな感じですね」
他の人たちも其のことに気づき始めた。
サービスエリアで休憩。
「運転手さん、見事な運転ですね」
初めて乗り合わせたお客さんが声を掛けた。
今日の運転が車部長だと云うことは福寿司の大将たちや常連客は知っている。
「恐れ入ります。添乗の部長に気持ちを入れて運転しろと言われています」
「あぁ十分気持ち入った運転でしたよ。全然気が付かないでいた位でした」
「まるで雲に乗ってる気分でしたよ」
添乗して来た山谷部長も嬉しそうに云ってきた。
「これが東西観光の運転です」
「まだまだですが」
運転して来た車部長はどこまでも謙虚だ。
「社長の運転のようにはまだまだ遠くて届きません」
「これは福賀専務が社長になったからなんだね」
「そうです。他の会社よりお客様に満足していただける気持ちいい運転を
うちの会社のものにしようって社長の考えなんです」
「それは良い考えだ。で、その福賀社長の運転はどうなの?」
「それはそれは、もう空を飛んでるように素晴らしいです」
「そうなんだ。出来るんだね。やる気になればね。そんでどうなのお客に?」
「お陰で私たちの運転に乗りたいお客様が凄く増えました」
「そうでしょう。あの運転は素晴らしい。気持ちよく乗っていられて幸せ気分」
「有難うございます」
さあ休憩が終わったら一路伊東温泉・山海ホテルへ行きますよ。

 つづく


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