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小説「イメージ2」No:43

小説「イメージ」 No:43

 バスの中は後半も総理所信表明代理演説の話で盛り上がっていた。
車部長の優しい運転であっと云う間に伊東温泉・山海ホテルに到着。

「いらっしゃいませ。福寿司ご一向さまお久し振りでございます」
「やっと来れました。よろしくお願いします。やんちゃが一人おりますが」
「やんちゃさんご苦労様でございます。観たましたよ。ワクワクしながら」

「ゆっくりしたくて来ちゃいました。私の部屋に直行します」
「後ほど伺わせていただきます」
「し~ですね。そっとね」

「よっぽどそ~として居たいらしい。店に来た時からそ~とそ~とって」
「そうですか?多分騒がれ通しだったのと違いますか?」
「そうですよね。あんな事やり遂げたばかりだからね」

「し~とかそ~とって解ります。此方にも色々問い合わせや取材やらで前とは
だいぶ違います」
「やっぱりね。良かったり悪かったりですね」
「ちょうど良いって具合には中々行かないものですね」
「そのうち前に戻って落ち着くと良いですね」
「そう願いたいです」

 福賀の部屋は女将が毎日きちっと整理をしているので以前と変わりない。
「女将さん有難う。お世話していただいて申し訳ないです」
「遅くなりましたがご結婚おめでとうございます。奥様をお連れになってとは
いかないんでしょうね」
「有難う。そうですね。何でも皆一緒にはしたくないので」
「そうですか。何となく解るような気がします」
「皆んなと一緒に下で入る前に此処で入りたい」
「私もご一緒したいのですが福賀専務お休み前にまた来ます。今は何か冷たい
お飲物をお持ちしましょう。何がお望みですか?」
「日本酒の冷をお願いします」

 大広間はバスでの続きで熱い議論で盛りが続いている。
「あまり早い時間ではありませんので先ずは恒例の貸切大浴場30分づづです
がご希望の方は貸切券をお渡しします。お上がりになりましてら今日は最上
階の宴会場にいらっしゃってください。そちらに簡単な料理とお酒を用意して
お持ちして居ます」

 何だ?何だ?いつもと違う感じだけど何を企んで居るか女将さん。
もう福寿司の大将は何が起きようと全然大丈夫って感じで楽しんでいる。

 女将に言われた通り貸切大浴場で福賀と一緒したあと、其の興奮を其の儘に
ご一行は最上階の宴会場に集まった。

 此処には他の宴会場にはない檜造り高さ50センチの舞台があり後ろには
高砂の松が描かれた屏風が置かれている。

 舞台前の両側に一人御膳が左側と右側に人数分並べられている。
舞台の下右端に綺麗どころが5人三味線を持って控えている。
いつの間にできたのか福賀副総理の囃子方で言い換えれば福賀バンド。
福寿司の連中は突然出現した芸妓さんたちに見とれている。
「え~芸妓さんが・・・」
「私実際に見るの初めて」

 ここで、改めて山海ホテルの女将が挨拶をする。
「福寿司さんが連れて来て下さっていた福賀専務さんが副総理になられて久し
振りのお越しで、かっぽれと奴さんをおさらいなさいます。料理を召し上がり
ながら、お酒をお呑みになりながらで良いとの事ですので、お楽しみください」

 女将から地元の芸妓たちの紹介があって福寿司一泊温泉旅行の宴が始まった。
その芸者さんたちに気を取られているうちに舞台には浴衣の尻をはしょって頭に
豆絞りのねじり鉢巻をした福賀が上がっていた。

 何か変わった宴会でも始まったのか最上階の部屋(スイートルーム)に宿泊して
いる客が女将に聞いて来た。
「此方で宜しかったらどうぞ。お構いは出来ませんが」
「良いんですか?」
「踊っていらしゃるのは?」
「それは教えられません」
「そうですね。お聞きする方が野暮でした」
「ほ・ほ・ほ」
「いや~~~お見事です副総理」

「奴さんだよ」

奴さん どちら行く あーきたこりゃ
旦那 お迎えに さても 寒いのに 供揃い
雪の 降る 夜も 風の 夜も
さて お供は 辛いね
いつも 奴さんは 高ばしょい
ありゃさー え こりゃさー
それも そうかいな~
まだまだ
「姐さん どちら 行く あ~ きたこりゃ

  524-a.jpg

沖の 暗いのに 白帆がさ~ 見ゆる
あよいとこの あれは 紀ノ国 やれこの これわいの~ よいと さっさっさ
みかん船じゃえ さてみかん船 みかん船見ゆる こりゃよいと このほい
あれは 紀ノ国 やれこの これわいのー よいと さっさっさ
みかんじゃえ
さて みかん船 みかん船見ゆる こりゃよいと このほい あれは 紀ノ国 
やれこの これわのー さのさっさっさ みかん船じゃえ

 時間は夜の10時を回っているだろう。
時間的には宿泊客には未だ宵の口かも知れないが静かな癒しの時間だ。
それを充分わきまえた声質とお囃子で歌がながれ三味線が追う。
日本の芸として海外で挨拶代わりに披露できる様に福賀がその筋の家元から習っ
たものだ。

 合気道・少林拳・気功術で鍛えた身体は柔に剛にと変化して妙。
厚手の檜の板で造った舞台を踏む音は小鼓を打つようだ。
空転は前転も高く優雅で美しい。

 以前の事。
山海ホテルの女将に伊東の芸妓置屋の危機を相談された。
「福賀専務さん何とかなりませんか?」
昔から宴会の席を盛り立てる粋な役割をになってきた芸妓さんたちが居た。
昨今は洋風になってコンパニオンが其の役を担って盛んだ。
だがしかし、それで良いのかとホテル・旅館たちは疑問に思っている。

 大袈裟に云えば、全て洋風になればいいのか?日本は無くなって良いのか?
此れは戦後から今に掛けて常に問われなければならない大きな問題だと福賀は
受け止めていた。

 コンパニオンには何があるのか?芸妓には何があるのか?考えて見ると解る
事はかたやパーティでオモテナシかたや宴会で踊りとお囃子・お座敷遊びなど。
全てコンパニオン全て芸妓と云うものではないが、宴会と芸者が少なくなった。

 そこで、福賀は伊東の芸妓置屋の若女将を東京の地唄舞の宗家にお願いして
内弟子にしてもらって名取に育ててもらった。
伊東から伊豆に範囲を広げて舞の質を上げて行った。

 一踊りして芸妓を労い礼を云って舞台の下真ん中に陣取った。
「あ~ぁスッキリした」
待っていた様に両側からどっと拍手が沸いた。
「インドネシアのバリでは武器で戦わず舞踏で戦った歴史があると聞く」

今、福賀は心の中で何かと戦っていたのかも知れない。
「自然あっての我々だからね。それを忘れてはいけないと思うと云うか大事に
しなければ良い事はない。便利な事は良いけれど其れは不自由なところに必要で
あって、そんなに不自由でもないのに便利を求めるのはどうなんだろう?」
「自然あっての我々だから自然次第で我々も変わってくるって事だよね福さん」

「大将の云う通りです」
「いや、あっしは福さんから聞いた事をそのまま云ってるだけだけど」
「大将は謙遜してますよ。とっくの昔に理解してるんだから」
「それはどうかな。でもね、福さんに云われて思い当たるって事は結構ある」

「大将の良いところは気持ちが素直で純だってところだと思う」
「あっしはね、頑固だけど良いと感じたら素直に聞いちゃう」
「そうなんですね。大将は一本気で曲がった事が大嫌い」
「自然次第。全くその通り。自然が壊れたら我々も壊れてしまう。なぁ福さん」
「そうですね。生き物の人間は自然次第です」

「当たり前の事だから皆んな解っている事なんだけどな~」
「大将もそう思うでしょう」
「思うさ!」
「だけど、忘れてしまったり、忘れようとしていたり、考えない様にしていたり
変な努力をしている人が多いんですね」

「金や権力には都合よくないものだからだろう」
「我々は自然の中で生きているんですから、自然次第、それは誰も否定できない
事なんですがね~」
「そうなんだよね。否定出来ない真実を話しているんだかね。それでも実際は
其の事実と向き合わない心で受け止めない。そんな人が多い」

「それが大きな問題なんです」
「簡単な事なんだけど、この問題は難しい」
「福さんは何が人間にとって良い事なのか考えたんだよね」
「そうです。考えました。学生の時ですが」

 つづく

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