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小説「イメージ2」No:39

小説 イメージ No:39

 恐らく組閣本部の中は岩上総理と事務方から一人らしい。
何かが起こりそうな雰囲気を漂わせてテント村は緊張している。
先ず一人が呼ばれたらしい。
黒塗りの迎えの車から降りたのは検察と警察に強い大和田猫多だ。
次が誰だ?
黒のポルシェから降りて来たのは何と株式会社雪月花の専務。
「何!福賀貴義?」
「あの福賀貴義!」
「二番目に呼ばれたぞ?」
「情報はないのか?」
「え!副総理?」
「まさか民間の人間だよ。副総理は無いだろう」

 民間からの入閣それも副総理として入閣だとしたら前代未聞の快挙だ。
なぜ快挙だって其れは金と権力狙いの利権議員からじゃないからだ。
そしてマスコミにとってこれほどのビッグニュースはない。
支持率10%の自分党から最後の砦・岩上総裁が総理になって指名したのが
部長でスカウトされ4年で専務になった経済界の風雲児と云っていい男だ。

 起死回生の自分党から躍り出た福賀貴義ってどんな人間なんだろう。
そして以後の入閣はこれ以上ないクリーンさで決められて行く。
岩上総理と大和田副総理そして福賀副総理で人選が行われ呼び込まれて行く。
我慢に我慢を重ねていた岩上らしい組閣だ。

 もう、TVはどの局も福賀副総理で持ちきりで特別番組が臨時に組まれた。
「おいおい。見てみな。福賀専務が大変な事になってる」

「社長。大変です。福賀専務が副総理になっています」
「副総理だって。いつの間に。パリから結婚の挨拶状が来てましたが」
「社長は知ってたんですか?」
「申し訳ない。彼から電話で聞いていました。でも伏せておいて欲しいと」

「女将さん。福賀専務が副総理になったとニュースでやっています」
「そうですか。その位じゃ驚きませんよ。私は」

「大将。福賀専務が副総理ですよ」
「とうとう政界進出か。しばらく来てもらえなくなったな」

「会長。山谷です。福賀社長が副総理になっちゃいましたよ」
「そのうち何か云って来てくれるでしょう」

「温地会長。漁業組合の波崎です。福賀専務が副総理になりましたね」
「そうですね。でも心配ないでしょう」

 通例の記者会見で福賀は質問の集中攻撃を受けたのは当然の事だった。
「副総理になった経緯について伺います」
「岩上さんに手伝いを頼まれました」
「いつですか?」
「岩上さんが総裁になる前日です」
「岩上総理と面識はあったのですか?」
「ありません」

どよめきが起こった。
「面識が無かったのに何故ですか?」
「それは岩上さんに聞いてください」
記者も愚問に気付き質問が出来なくなった。
「後が詰まっているので又改めてお会いしましょう」
あっという間に福賀の記者会見は終わってしまった。

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 岩上総理の所信表明がある日の朝、福賀の携帯の電話が鳴った。
「岩上です。急性盲腸炎で今病院に向かっています。申し訳ないけど私の
代わりに所信表明を頼みます。議長に私から連絡しました」
「解りました」
岩上総理の事情を各閣僚に連絡を入れた。
議長には岩上が福賀に代理をさせたいと頼んで了承を得ていた。

 国会が開かれた。
議場は事情を聞かされて騒然としている。
議長が入って来た。
議長席に座り鎚で議長席を叩く。
「只今より衆議院本会議を開催いたします。初めに岩上内閣総理大臣の急性
盲腸炎による緊急入院のため福賀福総理大臣に岩上内閣総理大臣の所信表明
代行を許します。福賀副総理大臣どうぞ」

 福賀が男女半々の大臣が並ぶ閣僚席から立ち上がり演壇の手前で立ち止まり
議長に挨拶の礼をして壇に登ったが其の手には何も持っていない。
演説の原稿を忘れたのか遅れて事務方が届けてくるのか?
いや、それはないだろう。
原稿なしで総理の所信表明代行を務める気か。

 壇上に登って福賀は深々と頭を下げた。
「岩上内閣総理大臣が急性盲腸炎で入院されました。手術は無事すみ現在術後
回復のため入院されています。議長に特別許可をいただき副総理の福賀が岩上
総理大臣の所信表明を代行させていただきます」

「では、最初に新しい内閣が何を求めて行くかを明らかにしておきます。
新しい内閣が求めるものは国民の安全と生活にとってよりよい環境です」

「そして、世界の中の日本が好かれるまでは行かなくても嫌われない日本と
してよりよい環境づくりを求めます。そうです。新しい岩上総理大臣による
内閣は【よりよい環境づくり内閣】であります。そのために今までの在り方を
検証し確認する必要があります。よって最初の仕事として各省庁に監査機関を
設けます」

「各省庁に監査機関を設け、今までのあり方を検証して確認する。人間が夫々
顔が違うようにお互いに違いを持ち合っている事実を基本に置く。外交も世界
各国の違いをより深く学び、夫々の違いへの対応を考えて当たるようにする。
其のために外交に携わる者は常時研修を重ね各国を訪ね実地に理解を深める」

「諸外国にプラスになる日本を常に思考し、努力する事を基本とする。其の上
諸外国に求められる協力を惜しまずに努力する」

「国民の教育は将来へつながりに於いて重要であり、よりよい環境づくりが
必要と考える。教師が生徒の教育に専念出来るように教員の数を増やし補う」

「敵を想定する考えより国民の安全を守る目的として防衛より防災が大事と
心得る」

 まず外交を第一に挙げ、次に教育と研究の分野、文化と科学のバランスを
挙げながらとうとうと述べていく。

「総論・各論・具体論となるとかなりの時間が必要です。ここで休憩を20分
取らせていただきます」

 緊張から解放された議員たちはホッとして議場から出て行く。
何をどう話したものか夫々が言葉を見つけられず溜息をつくばかりだ。
その間、福賀副総理は壇上に立ったままで議員たちが戻るのを待っていた。

 経済・金融関係、自然環境関係、産業・生産関係、エネルギー関係などなど
総論・各論・具体論を台本無しで語り切った。

「以上をもちまして総理の所信表明代行を終わります。長時間ご静聴いただき
有難うございます」
福賀副総理が深く頭を下げた。

 場内がし~んと凍りついたような静けさがあり、そして野党席から
拍手が起こり始めた。
遅れて与党席から拍手がわいた。

 そして拍手をしながら全員が立ち上がった。
ついぞ見た事の無いスタンディング・オペレーションだ。
勿論この後の参議院でも同様な風景が見られたのは云うまでもない。

 所信表明の中に与野党の質問の余地を含ませてもいる。
そこまで考えていたか福賀副総理恐るべし。
完璧なものはない、絶対もない。
森羅万象まったく同じもの無し。
これが福賀の基本的な理念なのだ。

 そこに中国でマグニチュード8.6の大地震が起きた知らせが入った。
「国連事務総長のスミスです」
「内閣副総理大臣の福賀です。国連から中国大地震支援要請をいただきたいの
ですが」
「解りました。折り返し国連から中国大地震への支援要請を発信します」
「何が必要かは私が直接聞きます。そして支援団がまとまったら私が同行
して行きます」
「解りました。それでは福賀さんを臨時国連大使に任命しますので。よろしく
お願いします」

 福賀は敏速に動いた。
相手の違いに応じて出来る限りの対応を行う。
医療・医薬品・プレハブの仮設住宅・衣料・食料と飲料水の輸送を手配した。
防衛省に2000人を一時的に退省させNGO/HPOの元に置き同行させた。
相手の国に入ったら、その国の意に沿って動く。
それが福賀の考えだ。
そのために福賀が同行した。

 人口も日本の10倍の中国だから自然の災害も大きく範囲が広い。
福賀はしばらく泊まって対応の指揮をとって後を夫々のキャップに任せて
帰って来た。

 福賀の癒しは温泉と海だ。
そうだ寿司食べて温泉に行こう。

 やや大きな男を前に横向きで入って来た福賀だ。
「えらっしゃい!」
相変わらず威勢が良い声で大将は元気だった。

 女将が福賀に気づいた。
「おや?」
し~ぃっと福賀が制した。
カウンターの中の大将に向かって女将が口をパクパクしている。
(フ・ク・ガ・フ・ク・ソ・ウ・リ)って送っている。
「どうぞ。こちらへ」
福賀の定席は入り口に近いカウンターの右隅だ。
「ありがとう」
「お久しぶりです」
「ご無沙汰してしまって」
「お疲れさまでした。で、こんち。よろしいんで?」
「いいですよ。其の前に一口」
「了解!大将!」
女将が右手の親指を立てて見せた。

急いでのれんを取り込みに走る。
「何だ?どうしたんだ?」
「ひょっとして、あれかな?大将」
「あれって何ですか?」
「あれったら、あれよ」
訳を知らない客がおろおろして常連客に聞いている。

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 つづく


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