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小説「イメージ2」No:54

小説 イメージ No:54

「失礼します」
凛とした福賀の声が心地よく大浴場の露天風呂に広がった。
「どうぞ。お待ちしていました」
答えたのは30人中で一人、松竹梅子だった。
その声は湯気で湿った空気の中でも乾いて感じられた。
余程の緊張感に耐えながら必死で絞り出したに違いない。

 流しで片膝をついて掛け湯をする。
湯船を背に並んでいる女性たちには福賀は見えない。
ひたひたと静かな歩調であたかも能のシテのように湯船に近づいて
女性達が並ぶ湯船の縁まで来て手桶で軽く湯を掛けて湯船に入った。

 し~んと静まり返った雰囲気で時間が止まった空間が其処に在った。
福賀の咳払いが固まった空間を破って和らげた。
もう咲き誇って散ってしまった桜の花びらがはらはらと舞う中を躍動する龍に降り注ぐ。
産まれて初めて見る此の世のものとは思えない妖しい風景が位並ぶ女性
たちの前に展開した。

 あの時は前を向いていたから右肩だけだったが副総理に在る筈の無いモノがあって驚いた。
今は前側だが腰から上の身体全体がゆっくりと30人の目の前を横切っている。
初めて見る福賀の身体はギリシャ彫刻のダビデそのものを思わせるほど
切れのある筋肉には無駄な贅肉は見当たらない。

 福賀が微笑んで松竹を見据えて云った。
「一度イメージのワンステップのために総理になっても良いと思う。
龍が温泉を泳ぐなんて風景は皆さん初めてでしょう」
 皆んな無言で頷く。
「これから一緒に”よりよい環境づくり”を進めて行く同士として素の姿を見ていただきましょう。
それは龍が温泉を泳ぐ姿です。私が持つ秘密の共有としてよろしくお願いします」
と女性たちが姿勢を正した前を抜き手をゆっくり切って泳ぎはじめた。

 それは既に福賀にとって仲間とのコミュニケーションの儀式になりつつあった。
悲しくも運命的な出会いと絆と忌まわしくも裏社会との関わりから守られる魔除けになっている五代目彫辰の命の贈り物だ。
これが在るために福賀自身とその関わる者や組織いっさいに手出し無用となっている。

「では、お先に失礼して最上階の宴会場で待っています」
湯船のふちに置いた手ぬぐいを取って素のままの姿で此れが自然として
背筋を真っ直ぐに立てて悠々と歩を進め消えて行った。
既に宴会場には男性たちが福賀の帰りを待ちながら酒を飲み交わし合っって其の側には伊東の芸妓さんたちが静かに座を取り持っている。

 女性たちが顔を上気させながらやって来た。
あの偽りのない純な福賀の姿が浴衣の中にあるのを皆が意識している。
高さ50センチの檜造りの舞台に浴衣の尻をはしょって豆絞りの手拭いを捻り鉢巻にした福賀が上がると専属バンドのお囃子で芸妓さんたちが唄いだしテンポよく踊りが始まった。
その動きは剛に軟にと躍動感に溢れて流れていく。
カッポレだ。
そして奴さんへと続いていく。

 自分党を離党した30人とみんなの党幹部、そこに福賀と同じ理念を共有する各省庁の官僚や岩上内閣の女性大臣など20人程が加わって伊東温泉・山海ホテルに集結して新しい党の結成をしようとしている。
新党を決めて呼びかければ更に集まる数も増えるだろう。

 既に自分党の絶対多数は無くなったと云って良い状況になって来た。
TVで次の総理大臣は誰が良いか街頭で取材していた。
「そうですね。前総理の代理演説をした福賀前副総理が良いです」
「あれは凄かった。自分の言葉で語れる総理大臣は彼しかいません」
「やっぱり、福賀貴義前副総理でしょう」
圧倒的に次の総理は福賀だった。

 自民党の中では岩上内閣で副総理を務めた十和田を祭り上げようとしたが十和田は乗らなかった。
恐らく古株の利権+権力第一の議員が自分たちの云いなりになる議員を総裁にして来るだろう。
それは毒にも薬にもならない二世議員を意味する。

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 みんなの党の大海党首から提案があった。
「新党を結成する事に意義はございませんか?」
「意義なし」
集まった人たち全員から賛同の声が上がった。
「では、党の名前になりますが、福賀さんから[新党・和(わ)]は如何かと提言がありました。如何でしょうか?」
「賛成です」

 集まった人たち全員から賛成の声が上がった。
「党の名は[新党・和(わ)] に決定しました」
大きな拍手が其れに答えた。
「次に党の長を決めたいと思います」
「それは福賀さんでしょう」
これにも大きな拍手が沸いて意義なしで決定した。

「では、新党・和の長に決まった福賀さんからお話を伺いましょう」
またまた大きな拍手で迎えられた福賀が立ち上がった。
「皆さんの気持ちを受け止め”よりよい環境づくり”の政治を進めていきたいと思います。一緒に頑張りましょう」
更に大きな拍手が鳴りひびいた。

「今、大海さんから長と云われました。それで党長はどうかと私の提案
です。党長そして副党長その後の役職は皆さんが新しい役名を考えていただきたいと思っています。取り敢えず副党長を決めさせていただきます。女性の中で皆さんから信頼されている松竹梅子さんに副党長をお願いしたい。如何でしょう?」
「賛成です」
女性からも男性からも賛成の声が上がった。

「以前から福賀さんのお話を聞く機会がありまして、勉強をさせていただいていました。今回は福賀さんのイメージの中に入れていたく事になりました。よろしくお願いいたします」
またまたまた大きな拍手で迎えられた。

 そしてホテル内に設けられた研修室に分かれて今後の党の運営や選挙戦略について話し合いが行われた。
可なりの時間を費やして研鑽が行われたが明日に続きをと夫々指定されたホテルに送られて行った。

「どこかの党のように足の引っ張り合いなんて時代遅れな事はしない」 
「今までの幹部は只の党員になります」
「顧問もなし」
「係としては夫々今まで通りです」
「出来るだけ多くの立候補者を出します」
「立候補者は男性と女性を半々にします」

「党の思いを強く印象付けるために男性1と女性2の比率で行きたい」
「そうですね。思い切って行きましょう」
「賛成です」
「男性候補者に対して倍の女性候補者ですね」
「選考は厳しくしてください」
「そうです。数だけではなく、中身が大事です」
「飾りじゃないのよ女性は。ですね」
「そうです。即戦力でお願いします」

「選挙戦が始まったら入れない温泉に入りたい」
「良いでしょう。入ってください」
「やった~!」
何か福賀の癖が移ったみたいになって来た。
自然の恵みを味わうって決して悪いことではない。
どんどん福賀に染まってください。

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 つづく
 
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