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小説「イメージ2」No:35


イメージ No:35

「いらっしゃいませ。お疲れ様です」
女将と従業員が出迎える。
「いつも突然で申し訳ありません」
「いいえ、心得ています。いつも福寿司さんが福賀専務を連れて来てくださる
ので助かります」
「そう云っていただけると有難いです」
「さ、どうぞどうぞ先ずは大広間の方へ」
来たことのある客が初めての客をフォローして5階の大広間へ。
「では、簡単なお食事を用意させていただく間にお部屋割りを」

「海辺さん。こちらのお方は?」
「専務の点字の先生と手話の先生で学生さんです」
「では、海辺さんとご一緒でよろしいでしょうか?」
「はい。そうしてください」
「お食事が済みましたら、いつもの福寿司さん恒例の大浴場貸切30分用意
させていただきますが大将よろしいですね」
「そうなんです。その恒例がまた楽しみでしてよろしくお願いします」
「30分を過ぎましたら貸切終了で一般のお客様も入られますがゆっくりして
いただいて結構です」
初めて参加したお客さんは何の事か解らない。
「30分の大浴場貸切って何ですか?」
「ま、この旅行は成り行き任せで楽しむので一緒に行ってみれば解ります」
「そうですか?」
「そうです」
福寿司の女将が海辺のところにやって来た。
「海辺さん。いつものうちの恒例のものって大浴場貸切なんですが、私も東西
観光の山谷部長さんも一緒に参加しますが、新しいお二方にも後で説明をして
いただけますか?出来ればご一緒に」
「はい。解りました」

 女性は福寿司の女将を入れて今回は4人。
女将さんは大将と一緒だし、山谷は添乗員の部屋に案内されていく。
海辺と先生たちの部屋に案内される。
「素敵なお部屋だわ」
「ロビーのホールに飾ってあったタペストリーも素晴らしかったけどお部屋の
絵も素敵。海の近くのホテルのお部屋にぴったり」
「このお部屋の絵も福賀専務さんの作品で各客室全て専務さんの作品です」
ホテルの従業員が説明する。
「すご~い!」
「先ずは大広間へ行ってお食事をいただきましょう」
ゆったりした気持ちに時を忘れている先生たちが海辺に即される。
「はい。そうしましょう」

「失礼しますよ」
生まれて初めての経験、それは今まで想像もしなかった福賀がそこに居た。
「月も皆さんと一緒ですね」
福賀の声が浴室に聞こえてから二人は目をつぶっていた。
「女将さんと海辺さんと山谷さんは何度かお会いしてますが初めてのお二人。
初めまして福賀貴義です。そしてもう一つの名が六代目彫辰です」
目を開けた二人の学生先生は初めて聞くもう一つの名前にびっくりした。
そう云えば肩が出ているところに何か付いているのが気になって見てしまう。
「目が見えると見えなくて良いものも見えてしまいますね」
さりげなく冗談のように福賀は云って目で笑った。
二人は目を見開いたまま固まってしまった。

 神社に行くと拝殿や本殿の彫刻の中に似たような模様があったような。
二人はお互いに同じようなことを感じていたのではないか。
「見えると物事を形として判断出来るから危険から身を守ることが出来ます」
「そうです。真っ暗な部屋の中に居たら何も出来なくて怖くて動けません」
声が出ない沢利と川沿に代わって福寿司の女将が答えた。
「見えると見えないでは天と地ほどに違いますね」
今度は海辺が応じる。
「音が聞こえないのも危ないですね」
と東西観光の山谷。
「そうです。物事が感覚で感じられないと凄く危険です。感じられると其れが
当たり前と思ってしまうけれど。誰もが当たり前ではないのです」
「そうなんです」
学生の先生二人がつられて一緒に声を出した。
「それでも、同じ人間同士、楽しみは一緒に持ち合いたいです」
「そうですね。違いがあったら違いなりに」
「そうですね」

「私にも人に見られたくないモノがあります。訳あって背負う羽目になっ
てしまったので、皆さんとのお付き合いの印に使わせてもらっています」
初めて聞く福賀の深層に触れた感じがして海辺はうるっと来てしまった。
福寿司の女将は大大人だから納得だと大きく頷いている。
山谷は緊張した気持ちで必死に受け止めようとしている。
「実はね五代目彫辰って人に命がけで六代目を継いでくれって頼まれてね。
断れなかったんです。では先生方お二人が見たことのない龍が温泉を泳ぐ図
を見ていただきましょうか。見たくなかったら目をつぶっていて良いですよ」

 今まで胸まで沈んでいた身体を翻して福賀は抜き手を切って泳ぎ始めた。
今まで隠れていた龍が突然現れたので二人はわっと背中を反らせて叫んだ。
本当に龍が波を起こしながら畝って泳いでいる。
龍の周りには桜の花びらが散っていて薄紅色に染まっている。

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「皆さんは其のままで。いつも大変お世話になり有難うございます。これ
からもよろしくお願いいたします。では、後ほど大広間で」
福賀はすっと湯船で立ち上がり女性たちに背を向けて大浴場から出て行った。

 38度だから冷たくない程度の低温温泉だから長く入っていられる。
「落ち着いているように見えました?」
海辺は学生先生に落ちつていたと言われて、そんなことないですよって反発し
ている。
「いつでも何処でもどんな時でも専務にはドキドキさせられて居ます」
「そうなんですか?」
「そうですよ」
「あんなの現実には絶対に見られないものでしょう」
「そうですね。昔の時代には任侠の世界、次にヤクザの時代で映画によく出て
来ましたね。そう云う世界のモノって思っています。でも其れだけとは限らな
いようです。職人さんとか鳶の人とか深層的な精神世界でもあったり」
さすが福寿司の女将の認識は若い人にも納得されますね。
「確かに女将さんから伺うとよく解ります。晒すものではなく秘めたもの」
点字と手話の先生にはまだまだ其れでもピント来て居ないようだ。

「昔は今と違うし、今は昔と違うからよく解りませんね」
「要するに、皮膚の中に墨をいれるのが刺青でその意味は昔と今は違うし
国によっても違うみたいですね」
「そうね。日本以外のところのモノはタトゥーっと云ってますね」
年少の山谷や学生と女将の間に海辺が入った。
「それなら知って居ます」
「ポリネシアンやタヒチアンだったりインデアンやプロスポーツの選手たち
の中でお呪いだったり魔除けだったり飾りだったりで入れていますね」
正確な認識と云えるかどうか確かではありませんが、そんな印象を持ってる
ようですね。

「そうね。大きは特徴としてはタトゥーは見えるところに入れているわね」
「だけど、日本の刺青は見えないところに入れている」
「其の違いははっきりしているんじゃないですか?」
「全部が全部じゃないとしても魂を入れるってあると思う」
「それでなのかな?福賀専務さんのものに飾りとは違う怖さを感じました」

「特にあの福賀専務だから尚更あり得ないものだけにドキドキでした」
「あれには本当に見てはいけないモノを見た感じでぞ~っとして鳥肌が立ち
ました」
福寿司の女将が最初に五代目彫辰の刺青を見た時の感想だ。
「私も最初の時は自然体でいながら非現実的なモノを見てしまった感じで
どうしたら良いものか解らなくて困りました」
「でも、しばらくすると凄く怖い感じが美しい感じに変わって来ました」
「専務はいくつも武道を持っていて毎日かかさず鍛錬をされていらっしゃる」

「ご存知なかったのですか?海辺さん」
「はい、伺っていませんでした」
「自分で言うことじゃないので解らないですよね」
「出て行かれた時に目の前を通られました。なんて綺麗なんだろうって」
「そう、意外と落ち着いていたじゃない?」
「そうですか?そうかも知りません」
「でも、福賀専務のお陰で私たち自然な感じを共有し合えたって感じ」

 大広間では男性たちが寛いで話をしている。
「福賀専務の背中にはびっくりしました」
「あれには、私も此処に来て最初に専務が入って来た時ビックリしたね」
「今まで話や映像では知っていましたが実際に見るのは初めてでしょう」
「そうですね。ある意味有難いですよね。現実に見る事が出来ないモノだし」
「全くだ!でも、福賀専務はいまわしく思っているようだよ」
福寿司の大将はしんみりと呟いた。
「それはどう云う事ですか大将?」
「彫られたくないのに彫られたって?」
「あたりめえだろう。本来、絵は壁に掛けて眺めるもの。人間の背中に彫り
込んで背負うものじゃない」
「だいたい何で福賀専務の背中にあれがあるんですか?」
「私は度肝を抜かれて息が詰まりそうでしたよ」
「そうだろう、そうだろう。あれはな人一人の命を大事にした証なんだよ」

 つづく


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