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小説「イメージ2」No:41

小説 イメージ No:41


 福賀は山海ホテルから車で降りて海岸の砂浜を歩いていた。
時は夕方で陽が落ちて行く途中だった。
雲のまにまに太陽が顔を出して海を照らしていた。

「いい夕焼けになりそうです。夕焼けはお好きですか?」
「好きですよ」
「私も好きです。夕焼けを見ていると吸い込まれそうになって、あの中に
入って行く感じになります」
その女性は車椅子に乗っていた。

 福賀は何かを感じたのだろうか。
「降りてもっと広い夕焼けを見てみませんか?」
「広い夕焼け?」
「そうです。砂浜の上に寝ると空が広くなるから」

「そんな事したことないです」
「今がその時のように思えるのですが」
「見てみたいです。広い夕焼けを」
では、と云って福賀は女性を抱えて車椅子から砂浜の上に降ろした。
「どうですか?」
「広いです。夕焼けが広がっています」

 少しの時間そっと夕焼けの中にいた。
「歩いてみたいと思いませんか?」
酷な事を聞いている。
「それはもう毎日思っています。歩きたい歩きたいと」
「そう。それではちょっと其のまま力を抜いてじっとしていてください」
「何か?」
「出来るかどうか解りませんが今日出来そうな感じがしますからひょっと
すると」
「私が歩けるようにですか?あの~お願いします」
その言葉には強い気持ちが感じられた。
どれほど歩くことに思いが募っていたのだろう。
女性は何かを福賀と同じように感じたのだろう。
福賀を疑う気持ちを捨てて任せることにしたようだ。
お嬢さんそれが賢明ですよ(雲)

 福賀は女性の頭に手をかざして気を送った。
そして段々と下に気を移して腰のあたりに強い気を注ぎ込んでいる。
するとキシキシと関節がきしむ音がかすかにした。
そして、腰から膝へ足首からつま先へ、女性の顔に夕焼けが微笑んでいる。
良かったねお嬢さん(雲)

「ゆっくり膝を立てて、上半身を起こしてみてください」
「あ~膝が、膝が立ちました~身体が起こせます」
「じゃあ、私の手を取ってゆっくり腰を上げて立ってみましょう」
「あ!あ!立てます。立てました。凄いです。奇跡です。嬉しいです」
「立てましたね。それでは身体の重心を移しながら歩いてみてください」

 どの位車椅子に座っていたのだろうか、歩くことさえ忘れていた筈だ。
それが福賀の誘導で歩いている。
涙が、涙が夕陽をあびて輝いている。
波もこの奇跡を祝うように夕陽を受けて嬉しそう。
自然が彼女を優しく包み込んで歩きを助けている。

「少しづつ、ゆっくりと、焦らずに。歩く感覚を思い出してみましょう」
案内されながら福賀の話を聞いたのだろうホッとした安心感が女性にあった。
車でホテルまで送っていって女将に委ねた。
「近いうちに又来ます。此方の女将さんに頼んでおきましたから遠慮しないで
色々お願いして続けてください」

「女将さん。ちょっと北海道と青森と岩手を回って降りて来ます。あの人を
見ててください。焦らないようにお願いします。一週間くらいで此方に来ます」
「了解です。フランスにもいらっしゃるんでしょう」
「そうですが、その前にもう一度会っておきたいので寄ります」

「どう?その後の様子は?」
「はい。毎日少しづつ快方に向かっています」
女将は心配ない様子で答えた。
「そう。今日もきたの?」
「はい。午前中に1時間ほど」
明日は直に様子を見てみようと福賀はそのまま晴れた海岸に出て行った。

「お~、来てましたか」
「はい。夕焼けに逢いに来たくて」
傍に車椅子は無い。
自然な感じで砂浜に腰をおろして足を投げ出し夕焼けと向き合っている。
「こうしている自分が信じられない感じです。もう、嬉しくて嬉しくて夢の
ようです。ただ有難うございますでは済まない気持ちでいました。あの時少し
そばに居ていただけるかと思っていたのに思った時にはお出掛けになった後で
した」
と云って笑った。
夕焼けも一緒に笑ったように聞こえた。
潮の香が優しかった。
二人で前とは違った感じで夕焼けと逢っていた。

 522-a.jpg

 フランスがパリが福賀を呼んでいた。
空港に着くとパリ航空のキキが待っている。
空港で軽い食事をすましてキキが乗って来た福賀のポルシェを走らせる。
あの王子が貸してくれている福賀のアトリエにキキを案内するのは初めて。

「ここが私のアトリエ・ド・パリです」
何とも不思議な空間にキキは溶け込みたい気持ちになった。
これが自然な感じなのだ。
色々な画家の魂がこの周辺を彷徨っている。
その中には画家たちに愛されたモデルのキキも居るに違いない。
そしてモイーズ・キスリングが描いた「赤毛のキキ」のようにキキはこの中に
溶け込んでいった。

「明日、会社の近くまで送るから泊まっていきなさい」
「はい」

 アトリエで作品の制作が始まった。
「此処で私は自然体でいます。無防備です。キキも自然体でどうぞ」
帆布を壁から吊るした広い空間の中で15点の制作中の作品たちが夫々に呼び
合い話し合っている。
福賀は昼間の制作とは全く違った感じになっていた。
舞うように躍るように激しく左に右に中央にと動いていたあの感じではない。
眺めていては飛びかかり、見詰めていては飛びついて行く格闘しているような
昼の感じはなく今の福賀は静かな空気の中で揺れ動いている。

 消しては描き、描いては消し、祈るように画面に吸い付いているかと思うと
部屋の中央に戻る。
正面に身体を向けていながら左の感じも右の感じも視界に入っているようだ。
これがパリに集まった色々な画家たちがショックを受けた福賀なのか。
あの浮世絵にある日本人のスピリットを内在する福賀の感覚なのだろう。
大胆にして繊細。

 何処に、こんなに大きく分割した色面を組み合わせる画家が居るだろうか。
その色合いの神秘性は西洋には無い。
何処にこんな髪に毛のような細い線が描ける人が居るだろうか。
色々な謎をちりばめた彼の空間には誰も入れない。
その空間と時間にキキは居る。

 その空間には既に溶け込んだ自然のままのキキの姿があった。
正面に150号のキャンバスが5点、左に150号のキャンバスが5点
そして右の壁にも150号の描きかけのキャンバスが5点大きなイーゼルに
乗っている。
パリで個展が企画されていて其の作品の制作中だ。

 キキは後方の壁際に置かれているベッドに腰掛けている。
その前ではキキに背を向けた福賀が踊るように左のキャンバスへ正面の
キャンバスへ、右のキャンバスへと飛び回って筆を走らせている。
それは描くと云うより何か不思議な舞のようにキキには感じられた。
初めて人の目にさらす福賀の制作風景がそこにあった。

 鍛えられた精神と肉体の福賀でなければ出来ない集中力が感じられた。
少林拳か?合気道か?気功術か?福賀の背中に彫られた龍が描いている様な
妖しくて不思議な光景にキキは陶酔していた。
いつの間にか寝てしまったらしい。
グレーの毛布が掛けられていた。

「キキ。会社の近くまで送って行きます。朝食は途中で良いですか?」
福賀の声で目が覚めたキキは黙って頷いた。
「会社が終わったら付き合ってくれますか?」
「はい」

「モンマルトルの丘に行って見たいから。マティスやゴッホやドガ、そして
ルノアールやユトリロやロートレックもそしてキキが呼んでいるようだから」

 ちょっとオシャレなレストランに入る。
夕陽に照らされながらキキが好きな料理を選んで食事する。
観光化されたモンマルトルは昔と違っているのだろう。
それでも、福賀には画家たちの魂と会話を楽しんでいるようだった。
モンマルトルからモンパルナスへ移って行った時の話をしているのだろうか。

 そう。時々二人をかすめて飛び交っているのはピカソだったりモジリアーノ
だったりフジタかも知れない。
何しろ彼らの魂は普通じゃ無いから。
無類の遊び心を待ちあってこよなく自由を愛し合っていたのだから。
ロートレックとフレンチカンカン良いな~。

 あの時代、ロシアからもスペインからもイタリアからも芸術家が集まった。
パリは芸術の都と言われていた。
そうだ拠点がアメリカに移るまでは。
ゴッホが居てゴギャンが一緒だったじゃないか。
タヒチ島に自分の世界を求めたが、なし得ずに強制送還で帰って来たけれど。
多くの芸術家が泣いたり笑ったり怒ったり喜び合ったり切磋琢磨したパリだ。

「キキ?」
「何か?」
「ありがとう。感謝している。これから私はどうなるか自分でも解らない」
「私も解りません」
「でも、よろしく」
「大丈夫です。任せてください。どうかしましたか?」
「何か大変な変化が私を待っているような感じがする」
「何か音が?」
「したね。ひゅーって」
「はい」

 つづく

 
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