SSブログ

小説「イメージ2」No:32


イメージ No:32
 
 バスの中は車運転手の部長昇進と添乗員山谷の部長就任を知って良い感じ
に盛り上がっている。
「そしてこのツアーは東西観光の社長で雪月花の福賀専務がスポンサーです
ので安心安全快適な旅行を皆さんお楽しみいただけます」
山谷のスピーチに大きな拍手が起こった。

「なるほど。そうだったんですね。それは知りませんでした」
初参加の取締役候補者5人はここでも又ビックリでした。
途中のサービスエリアで休憩を取って一路伊東温泉・山海ホテルに向かった。

「いらっしゃいませ。お疲れさまです。お待ちしておりました」
女将と従業員が出迎えてくれる。
「いつも突然ですみません。福賀専務ですから。ごめんなさいね」
「いいえ、福寿司さんとでないと福賀専務はなかなか来てくれません」
女将同士でお互いの挨拶をしている。
また5人は初めての風景を見て不思議な感じがしている。

「皆さん先ずは宴会場の方へ簡単なお食事を用意いたしました」
福寿司の女将が今日のメンバーの違ったところを伝えている。
5人は初めて来た山海ホテルのロビーに立って周りを見回している。
「仕事してると温泉なんて思いもつかない事でした」
「温泉は思っただけでも気持ちが生き返る感じがします」
「ここも専務の馴染みのお宿なのね」
「わ~あのタペストリー素敵!」
「あれは専務の作品を京都でおってもらったモノだそうですよ」
海辺が女将に聞いていたので説明している。
「そうなの。あれが在るだけでも此処に来た甲斐があるわね」
「おそらく他にない此処だけのシンボルね」
「専務のセンスが楽しめそう」
「各お部屋に専務の作品が飾ってあるそうよ」
「え~ほんと。凄い!」
ここまでは良いですが此れからが大変ですよ。

 宴会場には簡単とは云っても伊豆港に上がった新鮮な魚の料理が並ぶ。
「いや~いつも申し訳ありません。鮮度の良さが生きていて有難いです」
福寿司と山海ホテルが福賀と何か特別な関係がありそうだと感じて来た5人。
「この後、いつものように大浴場を貸し切りにいたします、そちらもお楽しみ
ください」
「それは有難いです。それも此方でなければの楽しみでして」
「あまり長くお時間を取れませんので30分づつで如何でしょう?」
「はい、充分です。何しろ福賀専務が一般の人と一緒に入れないですからな」
福賀の所為にして大将が店の若い衆などに促すと一斉に皆んなが大きく頷く。

「では、貸し切りの時間にお入りになられる方は貸し切り券を差し上げますの
でご希望の方は申し出てください」
何だなんだ又可笑しな事を女将が云い出したぞと5人が警戒している。
専務と一緒に入るって貸し切り風呂って何だ其れは訳が解らないぞって。

 それはね福賀専務が一般のお客と一緒に入れないモノを持ってるからですよ。
そんな事は知らない5人の中の一人が手を挙げた。
「何で福賀専務は一般の人と一緒にお風呂に入れないんですか?」
もう一人も手を挙げたぞ。
「何でこの旅行は専務と混浴付きなんですか?」
そんなこと云っていないし、ちょっと落ち着いてください5人さん。

 山海ホテルの女将がお風呂の事なのでと福寿司の大将を抑えて答える。
「先ずは、何故一般の人と一緒に福賀専務さんが入れないかですが、入浴の規約
に合わないモノをお持ちなのです。具体的にはお話できませんが。混浴付きでは
ありません。ご希望なさる方はどうぞと申し上げていますのよ」
そうなのよ~。
福賀専務が提唱している男女機会均等の精神と関係があっての事かな。
そんな感じが私は5人から感じたがね(雲)

「福賀専務さんが他の取締役さんと違うところが理由と云えば理由でしょうか、
でも、強制的なものでは絶対にありません。男女機会均等の試みと思っては?」
「まだね、俺たち男性軍はメンタルな面が未熟でね。タオルなしで男女混浴はね。
福賀専務に無理だって思われているんだね」
男と女の裸の付き合いはまだまだと福寿司の大将が頭をかきかき言い切った。

 imaji-513b.jpg

「つい難しく考えてしまうけど、真面目に考えなければいけませんが、乗って
みなければ解らないし、なにしろ興味津々な事は確かだから私乗ります」
「そうね。そうだわ。私も乗ります」
「こうなったら、この旅行にとことん乗ってみます」
「私も試みに乗ります」
「私も初めてですが乗ってみたいです」
流石は専務が決めた取締役候補だこの位の事でひるまない。
「私は社長に皆さんと一緒に参加させてくださいと望んで来ました」
添乗員の山谷は勿論その積りでいる。
「女将さん、私たちに貸し切り券をください」

「はい、では此れを持って時間に大浴場にお出でください。入り口に従業員が
居てご案内します。お断りしますが、浴槽にタオルを巻いての入浴はなしです」
赤い字で女風呂貸し切り券と書いてある。
「はい。解りました。TVの旅番組のような野暮なことはいたしません」
「そう云えば女性は私たち6人と添乗員さんの7人だけね」

 専務と裸で一緒は雪月花組みの6人そして今日部長になった東西観光の山谷。
大浴場は円形の露天風呂だから必然的に手前の淵に並んでしまう。
今夜は晴れ間に一つだけ固まった雲が浮かんでいて、まん丸な月が輝いている。
「お月さん見ないでね」
なんて誰かが緊張ほぐしに云ってたら福賀専務が入って来た。
皆んなが揃って出ていた肩が隠れるくらいにお湯の中に沈んだ。
「失礼します」
流し台で掛け湯をしている音だけがひびいている。

 来たぞ~。
「湯船の右端から周り込んで入ります。しばらく目を閉じていてください」
緊張が段々高まってくるのが胸の鼓動でそれぞれが感じている。
また専務が言葉を発した。
「龍が温泉を泳ぐのって見たことありますか?」
何云ってるんだろううちの社長はあるわけないじゃん?
山谷は心の中でブツブツ云っていた。
「有りません」
この固まった緊張感を破らなければと海辺が答えた。
「海辺さん、嘘を云ってはいけませんよ。あなたは一人だけ見てます」

「忘れていました。確か以前一度見たことがあります」
「そうでしたね。忘れる訳ないと思いますよ」
「はい。確かに仰る通りです」
「後の方に聞きます。龍が温泉で泳ぐの見たいですか?」
「見たいです」
「では、目を開けてください」

 ざぶんって大きな音がした時は専務の背中の龍が温泉を泳ぎはじめていた。
福賀の背中に龍が居るなんて何てことでしょう。
この世のものとは到底思うことが出来ないのでやっぱり目が点になる。
「皆さん初めまして福賀貴義です。又の名を六代目彫辰と申します」
え~福賀専務って彫物師でもあったなんて思いもしてないからビッックリ。
「これについては何れまた別の機会に話しますが、これは私のお守りでもあっ
て此間は株主総会の時にやって来た総会屋に此れから来ない様に出来ましたし
今日はこうして皆さんとのコミュニケーションに使わせてもらいましたが如何
でしたか上がってからでも聞かせて下さい」

 皆んな海辺を含め息が止まる思いを必死に堪えていた。
「これが私の素の姿です。皆さんと裸の付き合いが出来て良かったです」
でも此れは私の隠れた個人情報ですから他言無用にして下さいと云ってから
専務&社長はまた静かに抜き手を切ってゆっくりと畝りながら背中の龍を泳がせ
て右端から上がって出て行く。
「宴会場で男性たちと飲んで待っていますからいらっしゃい」
背中でそう云いながら去って行った。

「はぁ~」
「ふぅ~」
「も~ぅ」
「いや~」
「う~ん」
恐怖と感動とショックで詰めていた溜息が一気に吹き出された。
「見た!」
「見たわ」
「凄かったわ」
「もう言葉にならないショック」
「あれが日本の刺青なのね」
「本物の本物です。掘ったのが五代目彫辰で彫辰は名人の称号だそうです」
海辺が必死に説明をする。
「神秘的な感じがしたわ」
「彫る人も凄いし彫られた人も凄いしね」
「参りました。まるで彫刻のダビデでした」
スーツの下にあれほど素晴らしい肉体が隠れていたとは思わなかっただろう。
それはそうだ。
福賀は鍛えているからね。
感覚も技能も想像力も磨くだけ磨いている。
磨いて磨いて未だ磨くのか福賀貴義。

つづく


nice!(56) 

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。