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小説「イメージ2」No:34


イメージ No:34

「えらっしい」
「女将!」
「あいよ」
女将が嬉々として急ぎ、のれんを外して店の中にしまう。
「もしもし。銀座の福寿司ですが、女将さんお願いします」
「はい。私です。福賀専務ですか?」
「そうです。大丈夫でしょうか?」
「大丈夫です。そんな予感がしたので空けて待っていました」
「よかった。それでは此れから伺いますのでよろしくお願いします」
「はい。了解です。お待ちしています」
「もしもし、銀座の福寿司です。伊東までバスを1台お願いします」
「はい。あれですね」
「あれです」
「了解」

 初めての二人は何が始まったのだろうと呆気に取れれて興味津々。
大将の声が店内にひびく。
「今日はこれから店の温泉一泊旅行になりました」
福寿司では福賀が来ると其れは伊東温泉一泊旅行に自動的になるのだ。
馴染み客はそれを楽しみにしていて、ひょっとしたら其の日に当たらないかと
願いながら楽しみにして来ている。

 お!今日は付いてるぞって顔がちらほら、そんな事があると聞いていた客は
やっと出会えたかとニコニコしている。
いつもの大将の声が飛ぶ、夫々が旅行に行く準備を始める。
「そう言う訳でね。明日お土産を持って帰るからよろしく」
「そう。だから明日。夕方楽しみにしていてください」
行く客は家に連絡するし、行かれない客は残念そうに帰って行く。

 点字の先生と手話の先生には秘書の海辺が説明をしている。
「え!そうなんですか?」
「そうなんです」
「すごいですね」
 先生と云っても未だ大学生だから、こんなの全く初めてのことだ。

「私たちも行って良いんですか?」
「どうぞって福賀専務が云っています」
「行きます」
この状況では行くしかないでしょう。
「私も行きたいです」
本当なら此処まで話しておくものですが、福賀のサプライズ感覚なんですね。
云ってしまっては驚きも何もないってことなんでしょう。

 急いで心配を掛けないように連絡の電話をしている。
そばで海辺がフォローしている。
「私、株式会社雪月花で福賀専務の秘書をしている海辺です。心配ないです。
今までお世話になっているお礼にと福賀専務が招待した温泉旅行ですから」

 40分もしない内にバスが来たと連絡が入る。
「海辺さん。お連れの方は初めてかしら?」
福寿司の女将が聞いて来た。
「はい。沢利です。よろしくお願いします」
と点字の先生。
「私は川沿です。よろしくお願いします」
と手話の先生。
「そうですか。大学の学生さんで点字と手話を福賀専務さんに教えてるの?」
そんなこと全く知らなかったから女将は驚いたり感心したりしている。
また、新しい福賀専務の違う面が増えた感じで嬉しそうだ。

「福賀専務と一緒だとこう云うことになるので一緒じゃなくても来てね」
「はい、でも私には贅沢すぎる感じで・・・」
「そんなことないわよ。福賀専務の先生なんだから心配いりません」
「うふふ」
海辺が笑みを含んだ目で二人を見た。
「後で海辺さんに色々お聞きになれば解るわよ」
「初めてのことで此れらどうなるのか全然解らなくて・・・」
「うふふ。想像なんてしない方が楽しいわよね。海辺さん」
「そうですね。どうなるのかな~どうなるのかな~って感じで楽しむ方が
良いですよね。女将さん」

「私は福賀専務の秘書になって、このツアーで伊東にご一緒させていただて
からですが、川沿さんと沢利さんは福賀専務のところにいらっしゃったのは
いつ頃ですか?」
「私たちは福賀専務さんが部長さんの終わり頃でした」
「一緒に呼ばれて依頼されたのですか?」
「そうでした。伺ったら沢利さんと入り口でばったり」
「ビックリでした」
「それって、本当にぴったりだったから不思議な感じでした」
「まるで福賀専務さんに吸い寄せられたような』
「ほんと、そんな感じでした」
「レッスンは今と同じ位の時間で?」
「そうです。1時間づつ」
「二人で両方覚えられますね」
「私は点字が専門だけど手話も勉強できて良かったです」
「私は手話が専門ですが点字を学べてラッキーです」
「私は専務と一緒に両方教えていただけて凄く感謝しています」

「福賀専務さんは女性と一対一にならないようにされて居るみたいですね」
「それは何時も気を使っていらっしゃるようですよ」
「会社の仕事ではどうなのかな~って?」
「同じですね。専務は会社にいらっしゃる時は専務室にお一人で、私は専務付き
ですが秘書室にいて呼ばれたら専務の部屋に伺います」
「それって緊張しませんか?」
「ええ、色々な意味で緊張します」
「どの位?」
「そうですね。この位』
海辺は右手の親指と人差し指の先を少し広げて答えた。

「へ~ぇその位ですか」
「ははは、本気にしちゃった?そんな訳ないでしょう」
「でしょうね。福賀専務さんって大学卒業して即部長で入った人でしょう」
「業界では初めてのスカウトですからね」
「この方がって見てしまいます。私たち大学生としては雲の上の人です」
「凄過ぎて私たちとはレベルが違う特別な人って感じです」
「それは私たち社員も同じだと思いますよ」
「資質もある上に素質に恵まれて其の上で鍛錬したり努力したり磨いたり」
「誰もしていない努力をされて来られたんだと思います」
「やっぱり違いはそこにありましたか」
「ありましたね」
「明日はお二人もこの位緊張しますよ」
と海辺はさっきと同じように指で示した。

「私たち大学は違うけど未だ学生だし・・・」
「サークルに入って勉強中だし・・・」
「でも、凄いじゃないですか」
「凄くはないですよ。好きだからやってるだけです」
「そうね。私も興味があって好きだからだと思う」
海辺は黙って二人の話を聞いている。
「始めは点字って暗号みたいで素敵って感じで入りました」
「私は手の踊りみたいな感じでフラを連想したんです」

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「先生方はレッスンの後、専務に何処かに連れていってもらったりは?」
「全然ありませんでした」
二人は同時に頷いた。
「海辺さんは福賀専務付きの秘書だから何度か付いて来られてるでしょう」
「はい。今日で3回目です」
「これは本当にビックリ旅行って感じですが海辺さんは慣れていらっしゃる」
「いいえ。まだ慣れているって感じは全然ありません」
「へ~ぇ3回でも?」
「3回でもです。その度に違って同じって事がありませんから」
「今度どうなるか知りたい反面、知らない方が良いかもと思っています」
「そうですよ。知らない方が一つ一つ新鮮です」
「初めて福賀専務さんと外に出たら其処が福寿司で伊東に行ってこんなだった」
「それで良いことにしましょう」
「其れは其れとしてバスの走り方が気になりません」
「私も気になってた」
学生先生二人が云い出した。
「止まったか動き出しているのか止まっているのか殆ど感じない」
「本当にそんな感じですね」
他の人たちも其のことに気づき始めた。
サービスエリアで休憩。
「運転手さん、見事な運転ですね」
初めて乗り合わせたお客さんが声を掛けた。
今日の運転が車部長だと云うことは福寿司の大将たちや常連客は知っている。
「恐れ入ります。添乗の部長に気持ちを入れて運転しろと言われています」
「あぁ十分気持ち入った運転でしたよ。全然気が付かないでいた位でした」
「まるで雲に乗ってる気分でしたよ」
添乗して来た山谷部長も嬉しそうに云ってきた。
「これが東西観光の運転です」
「まだまだですが」
運転して来た車部長はどこまでも謙虚だ。
「社長の運転のようにはまだまだ遠くて届きません」
「これは福賀専務が社長になったからなんだね」
「そうです。他の会社よりお客様に満足していただける気持ちいい運転を
うちの会社のものにしようって社長の考えなんです」
「それは良い考えだ。で、その福賀社長の運転はどうなの?」
「それはそれは、もう空を飛んでるように素晴らしいです」
「そうなんだ。出来るんだね。やる気になればね。そんでどうなのお客に?」
「お陰で私たちの運転に乗りたいお客様が凄く増えました」
「そうでしょう。あの運転は素晴らしい。気持ちよく乗っていられて幸せ気分」
「有難うございます」
さあ休憩が終わったら一路伊東温泉・山海ホテルへ行きますよ。

 つづく


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小説「イメージ2」No:33


イメージ No:33

 著名人を呼んで対談するTV番組「アルミの窓」に経営者会議の会長・海氏が
出演している。
「いろいろ経済や経営のお話を伺えて勉強になりました。有難うございました。
ちょっと他に伺いたい事があるのですが、よろしいでしょうか?」
「何です?ひょっとすると彼れのこと?」
「流石に会長さんは感が素晴らしい。株式会社雪月花の専務さんを可愛がって
いらっしゃるとお聞きしましたが」
「そう。あいつ、いや彼ね。彼の事は多少知ってます。多少ですがね」
「多少ですか?」
「そう。多少ですよ。多くは知らない。まだ知らないところが沢山ありそう。
知らない方がず~っと多い感じがする」
「成る程。会長さんがそう仰る福賀専務さんに私は非常に興味がありまして是非
私のこの番組に出ていただきたいとお願いをしているのですが」

「本人に?」
「いいえ。秘書の方に」
「それで?」
「何回お願いしてもスケジュールが詰まっていまして申し訳ありませんと」
「断られた?」
「はい。出演していただける時がありましたら私に直接でもとケイタイの電話番
号をお伝えしてあるのですが」
「来ないか?」
「はい、全く」
「で私に云ってくれと」
「はい。失礼なお願いで大変申し訳ないのですが会長さんからなら」
「それは解りません。彼は変わっているからね」
「でも、会長さんしかお願い出来る方がおりませんので、お願いします」
「そう言われたら断れませんな。言うだけ云ってみましょう。彼に青年部長を
頼みたい用事があるから。でも、どうなるか責任は持てませんからね」
数日してアルミの携帯が鳴った。
「株式会社雪月花の福賀です」

 アルミは局で番組の企画会議中だった。
「アルミです。福賀専務さん。お待ちしていました」
「で、月の前半で1日から5日頃が良いのですが」
「有難うございます。では、来月の1日に此方にお越しいただけますか?」
「解りました。時間は午後にしていただけますか?」
「はい。午後何時頃がよろしいでしょうか?」
「午後2時でどうでしょう?」
「はい。結構です。来月の1日午後2時。お待ちいています」

 やった~!福賀専務の「アルミの窓」出演が決まったと大はしゃぎですよ。
「会長に頼んだのが効きましたね」
「お礼の電話を先ず会長にしなければ」
「ほんと。思い切ったのよ。出演者に頼むなんて失礼な事だと解っていたけど
どうしても出てほしかったから頼んじゃった」
「さ~ぁ来月1日までにプランを立てなければ」
「出来るだけ福賀さんの資料を集めます」
「お願い!」
「福賀さんの事だから、どんな展開になるか解らないって感じがしますが」
「そうね。余り内容を決めない方がよさそうね」
「そう思います」
プロヂューサーもディレクターも興奮気味。
「何かワクワクして来て震えちゃってます」
「私もよ」
「スクープって感じですね」
「そうよ。これは大スクープよ。だから他に漏れないように気をつけましょう」
「了解」 

「福賀さんは未だ雑誌のインタビューも受けてないのでは?」
「多分まだ受けていらっしゃらないと思います」
「メディアでは私たちの番組が初めてよ」
「そうででしょう」
「1時間枠で行けるかしら?」
とアルミ。
「いや2時間取りますか?」
「そうね。2時間枠で調整してみて」
「はい。やってみましょう」
「多分、来月1日に打ち合わせして2日から5日までに収録ね」
「あくまで此れは此方の考えで福賀さんはどう思っているか解らない」
 
「専務に女性月刊誌の方からお電話です」
「つないでください」

「女性月刊誌「スピリッツ」編集部の水辺です。お忙しいところ申し訳ありま
せん。福賀専務さんにインタビューをお願いしたいのですが如何でしょうか?」
「いつ発行になるものですか?」
「来月の末になります」
「そうですか。それなら受けさせていただきましょう。いつが良いですか?」
「本当ですか?有難うございます」
受けてくれるかどうか解らなかったのだろう。
「来週の中頃いかがでしょうか?」
「では、水曜日の昼に此方に来てください。如何ですか?」
「はい。結構です。有難うございます。よろしくお願いいたします」
「はい、楽しみにしています」

 福賀はそろそろマスコミと関わっても良いかなって感じになっていた。
メディアを媒体として宣伝の仕事の関わって来た福賀だから、これらの世界を
知らないわけではない。
しかし、自分自身がその中で素材として扱われることはなかった。
「どうなるかは関わってみなければ解らない事だから考えても仕方がない」

 常に自然体でありたいと思う福賀だから、その場になれば感覚が自然に動き
出すし感覚が福賀に働いて、今までにない展開があって新たな世界が開けて
くるかもしれない。

「会長ですか?「アルミの窓」に出ることにしました」
「そうだってね。アルミさんから電話があった」
「これからマスコミで暴れますからよろしくお願いします」
「いいとも。思い切ってやってくれ。それから青年部会だけど部長を頼むよ」
「解りました。出来るかどうか解りませんが、やらせていただきます」
「そうかい。有難う。ごちゃごちゃ云わないところが良いな。よろしく」

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 今までは広告の仕事で隠れていた人間が表に出ると表現の世界で知られて
いた人間が実像として感受される。
作品と実像が並べられる。
それはメリットでもあったりデメリットでもあったりする。
何故か?
それは想像の部分を塞いてしまうからだ。
それぞれの想像があって楽しめたがそれがなくなる。
福賀にその覚悟は出来ているのか?
「出来ています」

 もっとも入社前の予告新聞広告で既に自分の経歴と写真を載せている。
虚構と現実をいまさら気にする必要がない。
どんな事があるか解らないで居るのが自然体であり、依頼を受けて出る訳で
云わばまな板にのった鯉だと思えば良いのだろう。

 アルミの方は経営者会議の会長の顔を立てる感じで出る事を承知したが一方
ナミカの方はどうなって居るのか気になるところだが心配はないようだ。
二人で同じ志をもって個々に活動している。
ナミカは自分のアパートに個人事務所をつくりNPOの活動をしている。
その事業は障害、いや障がいと書こう、何故なら害について辛い思いが感じられ
て抵抗があるからだ。

 色々な障がいを持つ人がいて其の具合も夫々違っていて視覚障がいとか聴覚
障がいなどとまとめられないところがある。
近年は知的障がいや他の障がいと重複障がいが増えて来ている。
そうした基本的な受け止め方や認識をグループで考えあう組織をまとめている。
そこに大学生の点字の先生と手話の先生に来てもらって教わっている状態だ。

 片や福賀はまた別のルートで点字と手話を研修社員と一緒に会社の一室を
研修用として使っていて其処にはナミカとは別だがやはり大学の点字サークル
と手話研究会のメンバーに来てもらって学習していて其処には海辺も来ている。
週2回1時間づつ定時の5時から7時までとしている。

今、福賀が企画した日仏現代美術交流展の作品は、視覚障がいのある人たちも
楽しめるようにと意識した作品の制作を提案している。
勿論、福賀もその条件で作品の制作をアパートで進行中だ。

 あぁまた伊豆の海に会いたくなって、高原の空気もほしくなって来た。
「そうだ。これから美味しい寿司を食べに行きませんか?」
「お寿司ですか?大好きです」
「私もお寿司大好きです。忘れるくらい食べてないです」
「今日は金曜日で明日はお休み」
「行けますか?」
行けますと二人の先生が答える。
「では、行きましょう」
「海辺さん、よろしく」
「はい。専務」
「どうでした?」
「勿論、OKです」

 つづく



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小説「イメージ2」No:32


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 バスの中は車運転手の部長昇進と添乗員山谷の部長就任を知って良い感じ
に盛り上がっている。
「そしてこのツアーは東西観光の社長で雪月花の福賀専務がスポンサーです
ので安心安全快適な旅行を皆さんお楽しみいただけます」
山谷のスピーチに大きな拍手が起こった。

「なるほど。そうだったんですね。それは知りませんでした」
初参加の取締役候補者5人はここでも又ビックリでした。
途中のサービスエリアで休憩を取って一路伊東温泉・山海ホテルに向かった。

「いらっしゃいませ。お疲れさまです。お待ちしておりました」
女将と従業員が出迎えてくれる。
「いつも突然ですみません。福賀専務ですから。ごめんなさいね」
「いいえ、福寿司さんとでないと福賀専務はなかなか来てくれません」
女将同士でお互いの挨拶をしている。
また5人は初めての風景を見て不思議な感じがしている。

「皆さん先ずは宴会場の方へ簡単なお食事を用意いたしました」
福寿司の女将が今日のメンバーの違ったところを伝えている。
5人は初めて来た山海ホテルのロビーに立って周りを見回している。
「仕事してると温泉なんて思いもつかない事でした」
「温泉は思っただけでも気持ちが生き返る感じがします」
「ここも専務の馴染みのお宿なのね」
「わ~あのタペストリー素敵!」
「あれは専務の作品を京都でおってもらったモノだそうですよ」
海辺が女将に聞いていたので説明している。
「そうなの。あれが在るだけでも此処に来た甲斐があるわね」
「おそらく他にない此処だけのシンボルね」
「専務のセンスが楽しめそう」
「各お部屋に専務の作品が飾ってあるそうよ」
「え~ほんと。凄い!」
ここまでは良いですが此れからが大変ですよ。

 宴会場には簡単とは云っても伊豆港に上がった新鮮な魚の料理が並ぶ。
「いや~いつも申し訳ありません。鮮度の良さが生きていて有難いです」
福寿司と山海ホテルが福賀と何か特別な関係がありそうだと感じて来た5人。
「この後、いつものように大浴場を貸し切りにいたします、そちらもお楽しみ
ください」
「それは有難いです。それも此方でなければの楽しみでして」
「あまり長くお時間を取れませんので30分づつで如何でしょう?」
「はい、充分です。何しろ福賀専務が一般の人と一緒に入れないですからな」
福賀の所為にして大将が店の若い衆などに促すと一斉に皆んなが大きく頷く。

「では、貸し切りの時間にお入りになられる方は貸し切り券を差し上げますの
でご希望の方は申し出てください」
何だなんだ又可笑しな事を女将が云い出したぞと5人が警戒している。
専務と一緒に入るって貸し切り風呂って何だ其れは訳が解らないぞって。

 それはね福賀専務が一般のお客と一緒に入れないモノを持ってるからですよ。
そんな事は知らない5人の中の一人が手を挙げた。
「何で福賀専務は一般の人と一緒にお風呂に入れないんですか?」
もう一人も手を挙げたぞ。
「何でこの旅行は専務と混浴付きなんですか?」
そんなこと云っていないし、ちょっと落ち着いてください5人さん。

 山海ホテルの女将がお風呂の事なのでと福寿司の大将を抑えて答える。
「先ずは、何故一般の人と一緒に福賀専務さんが入れないかですが、入浴の規約
に合わないモノをお持ちなのです。具体的にはお話できませんが。混浴付きでは
ありません。ご希望なさる方はどうぞと申し上げていますのよ」
そうなのよ~。
福賀専務が提唱している男女機会均等の精神と関係があっての事かな。
そんな感じが私は5人から感じたがね(雲)

「福賀専務さんが他の取締役さんと違うところが理由と云えば理由でしょうか、
でも、強制的なものでは絶対にありません。男女機会均等の試みと思っては?」
「まだね、俺たち男性軍はメンタルな面が未熟でね。タオルなしで男女混浴はね。
福賀専務に無理だって思われているんだね」
男と女の裸の付き合いはまだまだと福寿司の大将が頭をかきかき言い切った。

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「つい難しく考えてしまうけど、真面目に考えなければいけませんが、乗って
みなければ解らないし、なにしろ興味津々な事は確かだから私乗ります」
「そうね。そうだわ。私も乗ります」
「こうなったら、この旅行にとことん乗ってみます」
「私も試みに乗ります」
「私も初めてですが乗ってみたいです」
流石は専務が決めた取締役候補だこの位の事でひるまない。
「私は社長に皆さんと一緒に参加させてくださいと望んで来ました」
添乗員の山谷は勿論その積りでいる。
「女将さん、私たちに貸し切り券をください」

「はい、では此れを持って時間に大浴場にお出でください。入り口に従業員が
居てご案内します。お断りしますが、浴槽にタオルを巻いての入浴はなしです」
赤い字で女風呂貸し切り券と書いてある。
「はい。解りました。TVの旅番組のような野暮なことはいたしません」
「そう云えば女性は私たち6人と添乗員さんの7人だけね」

 専務と裸で一緒は雪月花組みの6人そして今日部長になった東西観光の山谷。
大浴場は円形の露天風呂だから必然的に手前の淵に並んでしまう。
今夜は晴れ間に一つだけ固まった雲が浮かんでいて、まん丸な月が輝いている。
「お月さん見ないでね」
なんて誰かが緊張ほぐしに云ってたら福賀専務が入って来た。
皆んなが揃って出ていた肩が隠れるくらいにお湯の中に沈んだ。
「失礼します」
流し台で掛け湯をしている音だけがひびいている。

 来たぞ~。
「湯船の右端から周り込んで入ります。しばらく目を閉じていてください」
緊張が段々高まってくるのが胸の鼓動でそれぞれが感じている。
また専務が言葉を発した。
「龍が温泉を泳ぐのって見たことありますか?」
何云ってるんだろううちの社長はあるわけないじゃん?
山谷は心の中でブツブツ云っていた。
「有りません」
この固まった緊張感を破らなければと海辺が答えた。
「海辺さん、嘘を云ってはいけませんよ。あなたは一人だけ見てます」

「忘れていました。確か以前一度見たことがあります」
「そうでしたね。忘れる訳ないと思いますよ」
「はい。確かに仰る通りです」
「後の方に聞きます。龍が温泉で泳ぐの見たいですか?」
「見たいです」
「では、目を開けてください」

 ざぶんって大きな音がした時は専務の背中の龍が温泉を泳ぎはじめていた。
福賀の背中に龍が居るなんて何てことでしょう。
この世のものとは到底思うことが出来ないのでやっぱり目が点になる。
「皆さん初めまして福賀貴義です。又の名を六代目彫辰と申します」
え~福賀専務って彫物師でもあったなんて思いもしてないからビッックリ。
「これについては何れまた別の機会に話しますが、これは私のお守りでもあっ
て此間は株主総会の時にやって来た総会屋に此れから来ない様に出来ましたし
今日はこうして皆さんとのコミュニケーションに使わせてもらいましたが如何
でしたか上がってからでも聞かせて下さい」

 皆んな海辺を含め息が止まる思いを必死に堪えていた。
「これが私の素の姿です。皆さんと裸の付き合いが出来て良かったです」
でも此れは私の隠れた個人情報ですから他言無用にして下さいと云ってから
専務&社長はまた静かに抜き手を切ってゆっくりと畝りながら背中の龍を泳がせ
て右端から上がって出て行く。
「宴会場で男性たちと飲んで待っていますからいらっしゃい」
背中でそう云いながら去って行った。

「はぁ~」
「ふぅ~」
「も~ぅ」
「いや~」
「う~ん」
恐怖と感動とショックで詰めていた溜息が一気に吹き出された。
「見た!」
「見たわ」
「凄かったわ」
「もう言葉にならないショック」
「あれが日本の刺青なのね」
「本物の本物です。掘ったのが五代目彫辰で彫辰は名人の称号だそうです」
海辺が必死に説明をする。
「神秘的な感じがしたわ」
「彫る人も凄いし彫られた人も凄いしね」
「参りました。まるで彫刻のダビデでした」
スーツの下にあれほど素晴らしい肉体が隠れていたとは思わなかっただろう。
それはそうだ。
福賀は鍛えているからね。
感覚も技能も想像力も磨くだけ磨いている。
磨いて磨いて未だ磨くのか福賀貴義。

つづく


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小説「イメージ2」No:31

イメージ No:31

 福賀は東西観光の社長を引き受けて初めての仕事がバス運転部のレベルアップ
だった。これは基本的なポリシーの注入をして車部長でスタートさせた。
次は山谷が山海ホテルのロビーで福賀に聞かせた世界グルメツアーの立ち上げだ。
続々と立ち上げて来るだろうから早い方がいい。

「山谷さん、社長の福賀です」
 外から電話が掛かって来た。
「早速だけど世界グルメツアー部を作る事に先程の役員会で決まりました。この
企画は山谷さんの案ですから、貴女にやってもらいます。一週間の間に企画書と
部の構成スタッフを考えて出してください。明日から山谷さんは世界グルメツアー
部の部長ですからよろしく」
「私が部長ですか?」
「そうですよ。当然でしょう。貴女が考えた世界グルメツアーですから他の人には
出来ません。君に責任をもってやってもらいます。長として思い切って楽しい部を
作ってださい。どんな事でも必要なモノがあったら遠慮しないで直接私に云ってく
ださい。応援しますよ。楽しみにしています」
「有難うございます。あの時に思い切ってお願いして良かったです。頑張ります」
って云ってから何かお礼に云い足したいのか。

「あの~」
「何か?」
「先日、福寿司さんの伊東温泉一泊旅行に行った時ですが、あの時は仕事でして
皆さんとご一緒に貸し切り大浴場の参加をしたいのを控えていました」

「そうでしたか」
「今度また福寿司さんの旅行があった時には貸し切り大浴場に皆さんとご一緒で
お願い出来たらと思うのですがいけませんか?」
「いけない事はないです。平等ですから遠慮はいりません。参加したいですか?」

「はい。私も皆さんと一緒に参加したいです」
「そうですか。では行きましょう。そうですね。8時頃が良いですね。福寿司に
バスを出してください。運転は車部長にお願いしましょう」

「いつの8時頃でしょうか?」
「今日です」
「え!今日?解りました。車部長には?」
「私が電話します」
「有難うございます。宜しくお願いします」
「お二人新部長でしたね。進級祝いになりますか?」

「我儘を云って申し訳ありません。充分過ぎるくらい充分です」
「我儘良いですよ。何でも云ってください。それを望んでいますから」
「解りました。まだ色々解らないので勉強させていただきます」
「そうですね。それが仕事を楽しくします」

「車部長居ますか?居たら電話に出てください。社長の福賀です」
「はい。車です」
「急で悪いけど45人乗りのバス1台お願いします。福寿司に8時着ですが?
出来る。良かった車さん運転でお願いしますよ。添乗員は山谷部長でと本人に
云ってあります。行き先は伊東温泉山海ホテルです。では、今日の8時に福寿司
で会いましょう」

「もしもし、女将さん今日8時少し前に伺います。そう。大将によろしくです」
「あら専務さんお久しぶり。解りました。お待ちしてます」
「もしもし、女将さん。福賀です。今日45人位で伺います。大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよって。専務さん。お久し振りですね。お待ちしていましたよ」
「よろしく」

 そろそろホテル・旅館組合の組織作りと漁業組合の組織作りを考える時が来た
と久しく行っていなかった伊東に思いをはせて福賀はいた。
それぞれがそれぞれを生かし足りないのだ。
そして資源の有効活用にもつなげて行かなければいけない。
自然を敬って大事にする福賀の気持ち嬉しいじゃありませんか(雲)

 東西観光で初めての労使交渉が行われた。
会社内の各部所につながるオンラインを使って公開で始まった。
「私は社長を委ねられた福賀です。何でも聞きたい事を聞いてください」
「有難うございます。それでは社長が会社と我々に対してどんな考えを持っている
か聞かせてください」
「解りました。私の考えを聞いていただきましょう。会社も社員も明るくて元気で
いられる環境が大事だと考えています。そのために全力を尽くします」
「リストラはあるのでしょうか?私たちは常に安定した環境で安心した気持ちで働
きたいと思っています。しかし、今まで何時かリストラが行われるのではないかと
思う不安がありました。リストラはあるのでしょうか?」

「リストラ?何故?経験のある貴重な戦力を削らなければならないのですか?生か
す事が良い事だと私は思います。リストラはありません」
うお~っとため息が吹き出したような声があがった。
「リストラが無い事が確認出来て安心しました」
「安心第一です」
今度は社員から嬉しさの笑い声が上がった。
「今まで以上に労使の風通しを良くして欲しいのですが如何でしょうか」
「労使間で解らないところが無いように、それと建設的な意見がどんどん湧いてく
るような雰囲気にしたいですね」
「年齢に対してのお考えは?」
「年は余り考えません。年を気にして聞くのは日本人位でしょう。年を重ねただけ
のモノがあれば尊敬します。若くても想像力を発揮出来ればそれも尊重します」
「解りました。有難うございました」
「此方こそ有難うございます。よろしくお願いいたします」

 8時に福寿司に東西観光の山谷が入って来た。
「お待たせしました。東西観光です。いつもご利用いただきまして有難うござい
ます。バスが着きましたのでお店のお客様から順番にお乗りください」
「いつも突然で申し訳ないね。福賀専務の電話はいっつも突然だから」
「いえ、今日は私がお願いしました」
「そうだったの?珍しいね。何かあったの?」
「はい。良いことがありました」
「それは良かった。後で聞かせてもらうわよ」
「はい。よろしくお願いします」
福寿司の女将に挨拶をして山谷はバスに乗り込んだ。

 このバスにはもう一組を福賀が仕組んでいる。
東西観光の方は車と山谷の部長昇進祝いで、雪月花の方は次期取締役候補と一緒
いつもの様に大将の今日これから店の伊東温泉一泊旅行の宣言があり、それぞれ
心配されない様に電話で連絡してスタンバイしていた。
その中の次期取締役候補の5人何も解らず流れに混ざっているのだからどうなり
ますか。

「こんばんは此れから今日と明日皆さんとご一緒させていただきます。運転手は
昨日の午後に車両部の部長になった車です。よろしくお願いいたします」
ここで皆んなが拍手をする。
「有難うございます。そして添乗する私ですが、今日の午後に世界グルメツアー
部の部長にさせられました。山谷です。よろしくお願いいたします」
車内に大きな拍手が鳴りひびいた。

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「おめでとうございます。ちょっと聞きたいんだけど、良いですか?」
「どうぞ。聞いて下さい」
「前も添乗員さんで一緒だったと思うんですが、あの時は入社2年目とか云って
たと記憶してますが、あの時はまさか係長とか課長とかではなかったでうよね」
「はい、仰る通りです」
「って?それ飛び越して部長に?」
「はい。そうです。世界グルメツアーは私が社長に提案しました。今日役員会議に
社長が掛けて承認され部が出来て君の案だから君が責任持ってやるんだと部長に」
「すみません。おじさん日本人で直ぐ年聞きたくなるんだけど。今、おいくつ?」
「20歳です」
ぎゃ~って声が上がったぜ。
「20歳に部長なんて誰が決めたんですか?」
「雪月花さんの専務さんで東西観光の福賀社長です」
「さすが福賀専務やることが飛んでる。良かったね。福賀専務が社長になって」
「はい、車さんも係長から部長です」
うわ~って驚きの声。
「入社序列・年齢関係なしだね。誰にでもチャンスありだ」
「いや~良い話を聞かせてもらいました。今日は一段と楽しい旅になりそうだ」
「何故か解らないけど何時もより気持ちがいい乗り心地してない?」
「そうですね。これが部長運転って訳ですね。変わりましたね東西観光さん」
「有難うございます」
新参加の5人に段々と福賀の尋常でないあり方が感じられて来たようだ。
でも、未だ未だ此れからですからね。

 つづく

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小説「イメージ2」No:30


イメージ No:30

 人間が考える事は其れほど違いはない。
旅行業務を申請してから認可が下りるまで活動し始めると追うようにして数社が
動き出した。
福賀には全国のホテルと旅館を回って得たつながりがある。
海外も良い所があるが国内だって未だ未だ隠れた良い所が沢山ある。
会社としては世界グルメツアーを中心に置くが其れは山谷に任せる考えだ。
社内には社長として顔を出さないで或る程度の期間は社内の色々な部署を観たい
と福賀は思った。

「臨時採用の研究生で鬼田と云います。よろしくお願いします」
福賀は先ず重要な部署として車両部の様子を見たかった。
「おにた?おにだ?どっちにしても鬼って感じじゃないな。運転免許は持ってい
るのか?」
「はい。一応持ってます」
「どんな免許だ?」
「はい。大型二種免許(正式には大型自動車第二種免許)を持っています」
「運転した事あるのか?」
「はい。少しあります」
「そうか。じゃぁ~やってみるか。お得意さんの社員旅行があるから伊東まで
運転してもらおう」
「え!私一人で?」
「まさか、私も付いて行く」
おいおい此の係長はちょっとらんぼうだな。
「じゃあ、行こうか」
「はい」

 先ずはお得意さんの会社にお迎えに。
「まあまあだな、大事に行きなよ。安全第一だから、解ってるね」
「はい。解っています」
お客を乗せて伊東にGO..。
これからが本番。サービスエリアで休憩に入る手前に来ると車内がざわついた。
「なんか変じゃない?」
「いつもと違った感じがするぜ」
「そうね」
「止まっているのか動いているのか全然解らない」
「そう云えばそうね」
「なんなんだこれって?」
「初めてだよ。こんな感じ」
「すげ~運転だぜ、これって」
滑るように駐車場に来ると一発でスペースに入れてしまった。
「まるで車じゃなくて雲に乗ってるみたいでした」
口々に乗車感の気持ち良さを福賀に伝えながら降りていった。

 IMG_20230725_222522_624.jpg

トイレ休憩を済まして着いた宿は山海ホテルに近いホテル潮風だった。
「いらっしゃいませ。お疲れ様でした」
女将さんと従業員が出迎える。
まだ、福賀は知られていないから都合が良かった。
「運転手さんは此方へ。添乗員の方は此方へどうぞ。

 案内された部屋に入る。
「オニダって云ったな」
「はい。オニタです」
「なかなかやるじゃないか」
「いえいえ、大した事ないです」
「いや~大した事ある。皆さんが驚いていたように私も驚いた」
 (意外と素直だな~)
「良い腕してる。うちの部に来ないか?」
「有難うございます」
「風呂でも入るか?」
「ああ実は私、風邪気味でして・・・」
「そうか。それではいけないな。じゃあ、私は一風呂浴びてくるな」
「はい」
 車が風呂から帰ってくる。
車と福賀と添乗員は食堂で食事をとった。
「オニダは風邪気味じゃあ早く寝た方がいい。私は少し飲んでから部屋に帰る」
「では失礼します」
(危ない危ないでも意外と優しいところもあるんだ)
「オニダ風邪大丈夫か無理するなよ」
車の気遣いに大丈夫だと答えて次の日も福賀は運転して帰った。

「有難う。素晴らしい運転でした」
「夢のような乗り心地でした」
「また、東西観光さんの車で旅したいです」
「私もまた乗せてほしいです」
福賀の運転に賞賛と満足の気持ちが伝えられた。
「有難うございます。また是非よろしくお願いいたします。お疲れ様でした。
気をつけてお帰りください」
車も福賀の前で深々と頭を下げた。

無事にお得意様の社員旅行について行って帰って来た。
「お疲れさん。良い運転だった。お客さんがあんなに喜んでくれたの初めてだよ。
あんた只者じゃないな」

「車係長。有難うございました」
「あぁまた明日」
「はい。よろしくお願いします。今日はこれで失礼してよろしいでしょうか?
明日は総務部に行くように云われていますので」

「そうか。解った。お疲れさん」
人事課から車係長に呼び出しの電話が掛かって来たのはそれから間も無くだった。
「車係長。貴方は明日から車両部の部長です。少し前に社長か来て決めていかれ
ました。社長に運転させて伊東まで行って来たそうですね。社長が笑ってました。
面白い人だって・・・辞令を受け取りに来てください」
(え~あいつ社長だったの?)

 車は大きな身体を小さくして恐縮している。
「車さんが私のことを知らない方が車さんを知り易いと思ったので失礼しました」
「恐れ入ります。色々教えていただき反省しています。社長が”お客様に優しい心で
運転を”は身にしみました。有難うございます。私が部長で良いんですか?」
「勿論です。感じていただけて嬉しいです。それは車さんに優しさを感じる心があるからです。その心をうちの運転にしてください」
「解りました。社長のような運転はなかなか出来ませんが、あの感動を忘れずに皆んなに伝えたいと思います。車両の整備あっての運転ですからスクラム組んで行きたいと思います」
「確かに仰る通りです。車さんを信頼しています。よろしくお願いします」

車係長の家では・・・
「あなたお風呂入れますよ」
奥さんが呼びかける。
「・・・・・・・」
当人は聞こえないのか聞いていないのか反応がない。
「何かへん、さっきからニヤニヤしてるだけで黙り込んいる」
娘さんが可笑しいと思って母親に云っている。
「どうしたんですか?何か会社であったんですか?」
奥さんがそばに来て問いかける。
「うん。あった」
「どんなこと?」
「大変な事」
「え!大変な事って?」
「明日から部長だって云われて辞令も出た」
「お父さん明日から部長さん?」
「そうだ明日から車両部の部長でよ」
「お母さん。お父さん係長だったでしょう」
「それが明日から部長さんなんだって」
「なんで~?その前に課長があるでしょう」
「何でだか解んないけど、部長にされちゃった」
「誰れに?」
「云われたのは総務部人事課の課長だけどしてくれたのは新しく来た社長だ」
「新しい社長さん何処からいらっしゃったの?」
「株式会社雪月花の専務だけど前の社長が頼んで来てもらったらしい」
「よその会社の専務さんが他社の社長になるって出来るの?」
「私も聞いた事ないけど。あの人には出来るんだね」
「私知ってる。4・5年前かな。お正月の新聞広告に出てたの思い出した」
「そうか。それで其れってどんなことだった?」
「大学出て部長で入社だったと思う」
「何だって!あの人は大学出て部長で入社したんだって今は専務だ」
「それだから会社と他の会社に関わって良いって約束あったのよ。きっと」
「そうか。道理であの人は只者じゃないと思ったんだよ」
「何か云われた?」
「色々云われた。
「どんな事?」
「私は威張る人って良いと思いません。人の悪口を云う人は信用できません。
常に謙虚でいたいと思っています。それから、仕事はそれぞれ大事だと思って
います。整備と運行は一体ですから車さんの優しさで宜しくお願いしますって」
「そうね。その通りだわ」
「お父さん、威張ってたの?」
「ちょっと威張ってたかな?」
「ハハハ、やっぱりね」
「社長は全然威張った感じないもんな」
「そうなんだ~ぁ」
「それから凄いのは社長の運転だな~思い出してもワクワクする」
「お父さん社長さんが運転する車に乗ったの?」
「そうなんだ。研修生だってやった来て、大型二種免許持っていて運転経験ある
って云うからやらせたんだ。お得意の社員旅行にな。そうしたらその運転がだよ
お客さんに喜ばれちゃう凄い運転でビックリしちゃった」
「凄い運転って?」
「動いてるか動いてないか乗ってるか乗ってないか解らなかったって運転なんだ」
「へ~ぇそんな運転ってあるの?」
「あるんだね。交差点で停止発進が乗ってる者に全く解らないんだよ」
「そんなの神業じゃない?」
「お客さん驚いたでしょう?」
「そりゃあもう大変驚いたね。お客さんが私より先に気がついてざわつきだした」
「そうでしょうね」
「私は研修生の安全確認にばかり気を取られていたから気がつかなかった」
「そうなのね。もしもの事があったら大変ですものね」
「いつ止まったか、いつ動き出したか全然解らなかったって不思議?」
「私とは立場が違う事もあってお客さんは乗り心地だから感じたんだよ」
「そんなの気持ち良くって夢見てるみたいじゃない?」
「お客さんもそう云って驚かれたり感謝されたり、もう大変だったよ」
「私も乗ってみたい」
「そうだよ。誰だってそんな運転で車に乗せてほしいよねって社長が云った。
そしてこんな運転をうちの運転にしたいって」
「それでお父さんを部長に・・・」
「そうなんだけど・・・」
「大変ね。でも、おめでとう」
「有難うって訳でよろしく」
車家に温かい春が来ましたね。

 つづく

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小説「イメージ2」No:29

イメージ No:29

一つの事件が福賀に様々な今までにない繋がりを生み出す。
その後、パリに戻った福賀は仕事の下準備をして中国に飛んだ。
政府高官と会って会社関係の話をした。
福賀が学生時代に中国河南省嵩山少林寺に入門して拳法を習得した時に師事
した高僧のコネが政府高官に(官僚)につなっがった。

 そして福賀は日本に帰って来た。
「パリの方の話は整いました。中国には工場と出店の準備も出来ました。後は
それぞれの契約が残っているだけです」
これからは、月前半を日本で、後半をパリを拠点に仕事をしたいと社長に告げ
てお願いした。
「では、役員会を開いて了承と協力を得るようにしましょう」
「よろしくお願いします」
社長の呼びかけで各取締役の面々が役員室に集められた。
「ありがとう。ご苦労様でした。福賀専務に動いてもらって助かります。そう
そう、次は専務が考えていた女性の役員を増やす件ですね」
「そうです。ご協力をお願いします」
「大変素晴らしい思索の実行だと思います。我々に異議はありません」
「どちらかと云うと大賛成です」
「ご理解ご賛同いただき有難うございます。さっそう進めたいと思います」
「では、次の役員会までに新しい役員を決めるようにしてください」
「出来たら社長に人事権がある事ですし、社長承認で人選を私に任せて欲しい
と思いますが、如何でしょうか?」
役員達がうなずき合っている。
「福賀専務に人選をお任せいたします」
「有難うございます。では人事部長に何人か候補を上げていただき私の上げた
候補をつき合わせて絞って次回役員会で紹介出来るようにいたします」

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 雪月花の中では課長・部長職が男女半々になり始めている。
次は取締役に女性を半々にしていこうと社長と話し合った福賀は外国に合同の
会社を作ろうとしていて又フランスに飛ばなければならない。
「少し外国を廻って来たいと思います」
「外国は何処へ?」
「パリを拠点にしてヨーロッパとアラブ圏と中国」
「行ってらっしゃい。いい話を楽しみにしています」
役員室から部屋に戻ると秘書の海辺から電話が掛かってきた。
「パリ航空のキキさんから電話がありました。いつパリに行かれるかお電話を
いただきたいとの事でした」
「解りました。その前に女性の取締役を決めたいので人事部長を呼んでください」
「キキさん?福賀です。早急にしなければならない仕事があって2・3日後にパリ
に行きたいと思っています」
「解りました。予定が決まりましたら教えてください。お待ちしています」

「海辺さん、ちょっと来てください」
「参りました。何かご用でしょうか?」
「初めに人事部長を呼んでください。その後、海辺さんから色々感触を
聞いている3人を呼んでもらいます」
「え、此処にですか?」
「何か?」
「温泉に行かないのですか?」
海辺はしまった何で温泉なんて云ったんだろうと思ったが遅かった。
「え!、温泉。5人と貴女を連れて良いですね。久しぶりに行きますか?」
「え?行くんですか?」
「貴女が温泉に行かないかって言いませんでしたか?」
「はい。云いました」
「そうでしょう。行きたくないんですか?」
「行きたいです」
「そう、じゃ~久し振りだし行きましょう」
「本当ですか?」
「マジですよ」
「いつでしょうかか?」
「今日です」

人事部長が入って来た。
「忙しいところ申し訳ありません。新しく女性の取締役を増やす事になったので
人事部長に候補をリストアップしていただきたいのです」
「いよいよですね。解りました。直ぐリストアップしてお届けします」
福賀はそれぞれの能力を尊重している。
福賀は秘書の海辺に協力してもらって自分なりにリストアップしてみた。

人事部長からメールで名簿が送られて来た。
こちらから3名、人事部長の名簿から2名を決めた。
役になる実力があって其の任に向いているか向いていないか。
役に食われてダメになっては本人の為にならない。
要は取締役で活き活きする人材だ。
決まった5人に電話して6時半ごろ銀座の福寿司に来てくれるように秘書の海辺に
連絡を頼んだ。

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温泉と云ったら何で福寿司なのかと海辺は不思議に思った。
私は温泉に行きたいと云っただけなのに。
福寿司に専務が行けば伊東温泉一泊旅行になってしまうのだ。
だったらあれになるのは当然じゃないですか。
「海辺さん何考えているんですか?5人に一人づつしっかりOKを取ってください」
「はい、解りました。福賀寿司に7時半ですね」
「何云っているんですか。福賀は私です。福寿司ですよ」
「済みません。福寿司さんですね。福寿司さん以外にも温泉ありますが」
「福寿司は久しく行ってないから。あ!温泉行きたくないんじゃない?」
「いえ、行きたいです。温泉入りたいです」
「本当に?取締役の話もしない。温泉行きも5人には云わないで後はなり行きです」
「はい、云いません。云える訳ないでしょう」
「何かI云いました?」
「いいえ、何も云っていません」
新しい取締役も大変だな~、大丈夫だろうか?海辺は心配だ。
「福賀専務がお寿司を一緒にどうかと云っていて良かったら6時半頃までに銀座の
福寿司さんに来てくださいとの事です」
「え!あの福賀専務が私にお寿司をご馳走してくださる。何でだろう?」
「日頃のご苦労を労いたいと云われています」
それぞれ現在は部長だから其れもありかと納得したようだ。
「解りました。海辺さんも一緒ですか?」
「はい、私も6時半少し前に福寿司さんに行っています」
「OKです」

「いらっしゃいませ。飲み物は日本酒にしますかビールがいいですか?日本酒かな」
女将が親しげに日本酒を勧めて来た。
それ程の待ち時間ではないし後の事もあるので海辺が気を効かせて。
「日本酒にしましょう。良いですか?」
それぞれが頷きあった。
「突然の呼び出し、まさかお寿司でお説教かな~?」
「それはないでしょう。皆んな頑張っているし」
日本酒が運ばれてくる。
「わ~美味しい」
「専務のお好きな久保田万寿です」
「さすがね」
「そして此処が専務のお気に入りのお店なのね」
「海辺さんは専務と来たことあるの?」
「はい、一度だけ専務付きの秘書になって間のない頃」
「そうなんだ」
「何かずるいって感じするな~」(笑)
「申し訳ありません。それも仕事ですので」(笑)
「秘書としてそれも仕事なら此れも仕事ってこと」
かすが選ばれし女性部長の面々だけど此れからがどうなるか読めるかな。

「えらっしゃい」
福賀専務が暖簾を分けて入って来た。
「奥でお待ちですよ」
と女将が云いながら大将に視線を投げて表に出て暖簾を取り込んでいる。
暖簾を持って戻って来た。
さあ~福賀劇場の幕が上がった。
その動きを見て5人は何がどうしたのかと騒ぎ出した。
「女将さんがのれんしまっちゃたわよ」
それはお店の営業はおしまいって事ですね。

「皆さん今日は店の伊東温泉一泊旅行になったのでお店はお終い。行きたい
人は付いて来て良いよ。心配かけないよに連絡して、女将が渡す紙に名前と
住所と連絡先電話番号を書いて渡してね。行けない人は気をつけて帰って又
来てね。今日のお代はいりません。また来てね。待ってるよ」

「専務、私たちはどうなるんですか?」
「あちらでゆっくりお話を伺いましょう」
「やっぱりね。どうも普通じゃないと思っていました」
「専務!何か良くない事を企んでませんか?」
「そんな事はありませんよ。良い事は考えていますが」
5人は顔を見合わせて首を傾げた。
仕方がないと心を決めて夫々が連絡先に電話して了解をとった。

「これからどうなるんでしょう?」
「さ~ぁどうなるんでしょうね?私にも解りません」
「そんな~、海辺さんは経験者でしょう?」
「いえ、前と同じかどうか解りませんから」
「そうか。そうよね」
「福賀専務のことだから」
「いつも白紙でいるしかないのね」
「そうですね。それしか無いと思います」
まあよく出来ていて此れからが凄く楽しみになって来ました。

「いつも東西観光をご利用いtだき有難うございます。バスが来ました。
お店のお客様から乗ってください」
「此方こそいつも無理を云って申し訳ないです。専務が専務だからゴメンね」
「解っていますよ。女将さん」
さ~ぁ久しぶりに温泉だ。

 つづく

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小説「イメージ2」No:28

イメージ No:28

 しばらくして国王が静かに話しはじめた。
「紅色をした大きな渦巻きに吸い込まれそうになっている私の腕を強い力で
捕まえて引き戻してくれた。それが貴方だったのですね」
「いえ医師の方たちと皆さんが国王の回復を心で願ったからです」
「ありがとう」
国王は王子から今までの様子を聞いて頷いている。
「中国の気功術ですか?聞いた事があるような気がしますが、私は貴方を通し
て中国に助けられた事になりますね」
「はい。そうなります」

「国王に飲んでいただきたいお茶がるので取って来ます」
お湯を用意してほしいと王子に頼んでその場を離れた。
「解りました。用意します」
福賀は隣の部屋に置いてあるバッグから中国のお茶を取り出して戻って来た。
「これは疲れを取り除くお茶としていただいたものです。私が先に飲みます」
と国王に告げて飲んで見せた。
何かアラブ系の国に来てもスムーズに話が伝わると思ったら翻訳機が有ったか。
外国の言葉が出来なくても会話が出来るなんて都合が良くなったね(雲)
でも、福賀の手話(ゼスチャー)もかなり有効のように見えたぞ(雲)

「おお!これは!」
身体の中で今までに無い何かが起きている感じに感動しているようだ。
「毎日はさけて、お疲れの時にとか、お疲れになりそうな時にお飲みください」
国王の感触をみて王子も興味をもったようだ。
「王子には必要ないと思いますが、どんな感じか試してみますか?」
福賀は少し薄めにして王子に渡した。
「おお!これはこれは」
若い人には直ぐ反応が出てしまう。

「国王はもう元に戻られたから心配ないようですね。でも、しばらくは安静に
していた方がいいと思います」
王子が国王に呼ばれて何か話をいている。
「父が福賀さんに大変興味をもって、もっと色々知りたいと云っています」
別に悪い事ではないし、隠す積りもないので構いませんと答えた。
「他には日本の武道で合気道と中国の嵩山(すうざん)にある少林寺の少林拳が
ありますが、ご覧になりますか?」
呼ばれて来て気功を使った以上流れとして仕方がないと福賀は覚悟した。
「何れにしても相手をしていただく強そうな人を用意してもらわないと・・・」
「解りました。父に話します」

 imaji-27.png

 王子は直ぐ戻って来た。
「大変喜んでいました。護衛官で如何でしょうか>」
「結構です」
王子の指図で王宮の護衛官が数人選ばれて連れて来られた。
武道の試合と云われたのだろう、屈強な大男が現れた。
皆んなまるでアラジンのランプを擦られて出て来た怪物のようだ。
身長2mを超えているのは間違いない。
白いふわっとふくらんだ提灯のようなパンツを履き、上半身は裸のまま。
それを見た福賀は自分も同じ支度でなければと思った。
「私も支度をして来ます」
隣の部屋のバッグから白のジャージを取り出して支度する。
「お互いが向き合った時に始めの合図をしてください」
と王子に告げる。
「解りました」
福賀は相手と合わせようと上着を脱ぎ捨てた。
アラブの王宮に名人五代目彫辰の登り龍が晒される。
それも覚悟の上だ。
国王はじめ周りの人たちは初めて見る東洋の刺青に感嘆の声が上がった。
福賀と護衛官が5mの間隔で向き合う。
「始め!」
王子の声が室内にひびく。
護衛官が突進してくる。それより早く福賀が右の手の平を突き出して気を放つ
護衛官の身体が弾かれたように後ろに飛んだ。
瞬きをする間もない瞬間の速さだった。
気を失っている護衛官に近づき福賀は活を入れた。
「気功を使いました。もう一人お願いします」

 福賀の呼吸に少しの乱れもなく静かに待っている。
前者と同じ位かそれ以上と思われる大男の護衛官がおどおどと進み出た。
両者が向き合う。
「始め!」
王子の声も気合が入る。
護衛官が福賀めがけて向かって来る。
福賀もその動きに合わせて向かって行く。
すれ違った。
そう見えた瞬間、護衛官の巨大な身体は大きな円を描いて背中から床に落ちた。
福賀は何事もなかったように其処に居た。
「日本武道の合気道です。もう一人お願いします」

 また前と同じくらいの巨人が恐々と前に出て来た。 
王子の始め!の声で福賀に向かって突進して来た護衛官に対して飛躍しながら
床に降りた。
護衛官は眉間を蹴られて仰向けに床に倒れ気絶した。
これは合気道ではなく少林拳の技だ。
相手をしてくれた護衛官に活を入れて回復させて静かに福賀は一礼して直る。
「これは少林拳でした」

 次は5人の護衛官が繰り出され福賀を囲んだ。
「始め!」
王子の声も鋭くなっている。
王子の始めの声で5人は福賀に襲い掛かるよりも早く夫々の動きを利用して
逆手に取り攻撃を防いで相手を倒した。
相手は自分の力で瞬時に倒れて動けなくなった。
5人はどうして自分がこうなったか解らず呆然としながら床に横たわっている。
夫々が足や腕などの関節を痛めている事に気付いていない。
福賀は護衛官たちの外れた関節をはめ直して5人を立たせて礼をした。
「これが日本の武道合気道です」
国王と王子に一礼をし、着替えをしてくると告げて隣の部屋へ行った。

 福賀は着替えをして戻って来る。
「有難うございます。芸術家と企業家でありながら武道家でもある福賀さん。
いや~あ、初めて福賀さんの武道を拝見して想像を超えた驚きを感じました。
是非うちの護衛官たちに学ばせたいです。お考えいただけないでしょうか?」
「そうですね。私に変わる人でよければ此方に呼ぶことは出来ます。勿論、任せた
ままでなく私も時々様子を伺う事で如何でしょうか?」
「勿論。そうしていただければ有難いです」
国王が嬉しそうに微笑んでいる。

「父が福賀さんの部屋をこの中に作りたいと云っています。それからお礼に
石油基地を2ヶ所プレゼントしたいそうです。私からもお願いします。私達の
気持ちを断らないで受け取ってください」

 つづく

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小説「イメージ2」No:27

イメージ No:27

暑中お見舞い申し上げます

 キキは福賀のためにパリで美術関係者と連絡を取り合っていた。
福賀の作品を扱っている画廊のオーナーにも。
明日は福賀のパーティが用意されている。
「その前に会って打ち合わせをしたいので会いませんか?」
「はい、では11時半にロビーでお待ちしています」
いよいよパリの舞台で福賀貴義の活躍が始まる。
 
 パリ航空ホテルのロビーでキキと会い、食事をしながらパリでの行動を
福賀が打ち合わせをしている。
明日はフランス美術家協会主催のパーティが福賀のために用意されている。
そこに福賀と会いたい人たちが参加してくる。
「キキ、色々有難う」
「パーティはフランス航空がスポンサーで社長が福賀さんに関心があって
参加したいと云っています」
「そうですか。キキが良い感じに紹介してくれて感謝しています」
「いえ、私はただ話を通しただけ。社長も美術家協会の会長も喜んでいます。
これから今まで以上にお忙しくなりそうで、私は今からワクワクしています」
「ワクワクしてもらえるように頑張らないといけませんね」
パリは久し振りの福賀を柔らかい陽射しで迎えてくれた。

 パーティは午前10時から始まった。
フランス航空の社長ムッシュ・セザンヌが洒落た紹介をしてくれたのでどっと
会場がわいている。
福賀の横にはキキが付いて素早く日本語に訳して伝えてくれる。
パーティは立食で行われ福賀には色々な来客者が挨拶に来てくれていた。

 様々な芸術の世界で活躍している人たち、画廊のオーナーたち、政界の要人。
ファッション界のデザイナーとモデルたち、中国の人、アラブ系の人たちなど。
フランス美術家協会の会長が福賀を紹介して回っている。
福賀にとってこのパーティはフランスへのデビューの場となった。
「日本に行った時はよろしく」これが此のパーティの合言葉になった。
「福賀さん。パリにアトリエをお持ちですか?」
「仕事場としてアパートを借りています」
「そこで制作を・・・」
「あの作品もですか?」
「そうです」
そこに、話の画廊のオーナーとアラブ系の男性が近づいて来た。
「此の方が福賀さんの作品に興味を持たれて是非欲しいと云われています」

福賀は次の日の夕方、その画廊アルテにいた。
「作品は昨日のあの方が買われて今送り出したところです。是非、国の方に
来てくださいと伝えてほしいと頼まれました」
「そうですか。私の作品は旅立ちましたか」
「次の作品をお願いします」
福賀は自分の作品が飾ってあった広く空いた壁面を見詰めていた。
「それから・・・」
話しかけたオーナーの言葉をとめて・・・」
「あの方って?」
「あの方はアラブ系のさる王国の王子です。それから」
オーナーは他に何か福賀に伝えておく事があるようだ。
「これを福賀さんに渡してほしいと」
「・・・?」
「アトリエに使ってほしいと・・・キィです。それと此れが住所です。
これが門扉のリモコン。自由に使ってほしいとのことです」
「・・・?」
その場所はパリ郊外の住所だった。
「誰だろう?」
「それは、行かれたら解ると云ってました」
「なんてミステリアスな」
「行ってみましょう。福賀さんの作品を受け取りに行く都合があります」
「そうですね。行かない訳にはいきませんね。オーナーには此れからも色々
お世話になるし、地理も解りませんから、案内をお願いします」

 画廊のオーナーに案内されて書かれた住所に行ってみることにした。
コンコルド広場の近くの画廊からマドレーヌ寺院を抜けサンラザール駅を
抜けた所にそれはあった。
小ぢんまりした城に近い建物だった。
 福賀は画廊のオーナーから渡されていたリモコンで門扉を開けて中に入る。
車で入って行くと中央に円形の花壇があって、それを回り込むと3階建ての
本館、その隣に小さ目の2階建ての建物がある。
そこから人が出て来た。
「フクガさんですか?」
「こちらがフクガさんです。私は画廊のオーナーのアルテです」
「フクガキヨシです」
「私はここの管理をしている庭師のジャンです。ご案内しますからどうぞ」
 扉を開けると20畳位の空間があって正面に螺旋階段が3階まで繋がっている。
ちょっとお茶目な天使が優雅な素振りでゆっくりと降りて来そうな感じだ。

 落ち着いていて静か、品格があって執事が迎えに出て来そうな感じがする。
左に円形の広い部屋、右にも円形の広い部屋があって、後ろが厨房で繋がって
いるようだ。
パーティの時はシェフたちとウエィターやウエイトレスを呼んで賄うのだろう。
その他にトレーニングルームやビリヤード室など遊戯室が色々あるらしい。
2階に7つのバストイレ付きの寝室があり、3階は王子のプライベートルームに
なっていて地下にも何室か部屋があるらいいが一度では見切れない。
福賀がアトリエとして使えるのは多分2階の二部屋続きの部屋になるだろう。
その部屋はバルコニーに出るドアが大きくて2.50mの高さがある窓付き
になっているので100号のキャンバスを運び出すのに都合が良い。
梱包した作品を吊り下げて降ろせば運び出せる。
このお城はアラブ系の王子のものだが一部を福賀が自由に使わせてもらうのだ。
さっそくアパートの事務所をここに移さなければならない。

 そして暮れかかってから外に出て周囲を散策しながら画廊アルテによった。
オーナーは福賀の新しいアトリエ兼事務所の手配をしてくれている。
「福賀さんの好きなポルシェが間もなく届きますよ。ホワイトでしたね」
「有難う。マダムのお陰でパリでの私の楽しみが揃いました」
マダム・アルテに礼を云って福賀は新しい住まいに向かって車を走らせた。

 自分のアトリエ兼事務所に決めた部屋で遅くまでイメージしてPCで仕事を
し終えた福賀は次の日6時に日課のトレーニングをしていた。
樹木が多い空間の中は澄んだ空気で一杯だった。
空には一つの固まりになった雲が浮いていた。
「おはようございます。雲さん」
「おはよう。良い場所ができたね。ここからどんなイメージを広げて行くか
楽しみにいているよ」
抜けるような青い空をバックに白い雲が揺れていた。
「おはようございます。ジャンです。よかったら私の所で朝食いかがですか?」

 imaji-09.png

 福賀はアフリカの一部、アラブ圏の王国の空港に降り立った。
「フクガさんですか?」
「はい、フクガです」
「お迎えに来ました。王子は急用が出来ました。王宮でお待ちしています」
車に乗り込み油田が立ち並ぶ中を通りホテルやビジネスビルを抜けた。
しばらくすると洒落たアラブの王宮が見えてきた。
福賀が王宮に着くと、そこには緊迫した空気が流れていた。
国王が突然倒れ意識不明の状態だった。
 
 医師が何人も付いて必死に蘇生の手立てを施していたが効果が見られない。
周りには婦人たちが数人息を殺して泣いている。
「せっかく来ていただいたのに、こうした状態で申し訳ない」
「王子。私に気功があります。国王を床に寝かせていただけますか?」
床に寝かされた国王にまたがった福賀が心臓に向かって気を注ぎ込んだ。
次に頭部にも気を注いでいった。
その動作を何度も何度も繰り返し続ける。
国王の身体がぴくっと動く。
目を開き何事ごとかと周りを見回した。
「みんな、どうしたのか?貴方はどなたですか?」
王子が国王のかたわらによって状況を説明すると国王が大きく頷いた。

 つづく


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小説「イメージ」No;26

イメージ No:26

「後で女将さんと一緒に私の部屋に来てください」
福賀は海辺にそっと告げて自分の部屋に戻った。
PCを立ち上げてメールを開いて見る。
夫々のメールを見ていると女将に連れられて海辺が来たらしい。
PCを閉じて・・・どうぞと声を掛ける。
ドアを開けて女将に連れられた海辺が入って来た。
「私がお話しできる事は海辺さんに聞いていただき此方に参りました」
(此処が福賀専務の隠れ家?)
海辺はまた初めての専務を見る思いで部屋を見回した。
(あれ~温泉露天風呂もあるみたい。広いわ。二間あるようだわ)
「そういう事だから今日は貴女には突然の事ばかりで疲れたでしょう」
「はい。こんなに沢山ビックリしたのは生まれて初めてです」
「ハハハ、此れからはこんな事が色々起きるので驚きながら楽しんでください」
「さっき女将さんに云われました。もう大丈夫だと思います。専務がどんな
冒険をなさるか楽しませていただきます」
「ありがとう。色々面倒をかけますがよろしく」
「貴女には相部屋ではなく部屋を取ってもらっています。明日は朝早く港に
行きますから、今夜はゆっくり休んでください。お疲れさま。おやすみなさい」
「お話は?」
「今日は特にありません。専務付き秘書の海辺さんに私の秘密基地が此処に
あると知っておいてもらいたかったのです。伊東に行くと云ったら此処です」
「解りました。有難うございます。おやすみなさい」
やっと海辺にとって激動の1日が終わってほっとして女将と部屋を出た。

「皆さん、おはようございます。これから漁港に行きます」
福賀が漁業組合の組合長とコネがあってお土産が用意されている。
「海辺さんは私の秘書だから未だ仕事があります。皆さんまた会いましょう」
 福寿司の伊東温泉一泊温泉は新鮮な刺激が一杯詰まっていて良かったかな。

「まさか海辺さんが貸し切り大浴場の希望者に混ざっていたとは思わなかった
から女将さんに聞いて確かめました。でも、参加者に入っていて良かったです」
「そうですか、それなら私も良かったです。実は一瞬迷いました。でも、専務が
何故女性たちと入るのか知らなくてはと・・・思い切って決めました」
「背中にあったモノは訳ありで、私のお守りなんです。見せるモノでは無いので
すが福寿司の人たちは質が良いので信用して私の秘密を持ちあっています。男女
平等にしたいので女風呂を貸し切りにして此処では私とのコニュニケーションの
材料に背中の龍を使っています。そう云う事です」
「そう云う事でしたか。全く別の世界の専務を感じてしまいました。だから
此れも専務なんだと思うのが容易ではありませんでした」
「そうでしょう。あんな事は余りありませんからね」
「またいつか専務のお話を聞かせていただけるのでしょうか?」
「そうですね。海辺さんの秘書としての仕事には私を知る必要がありますからね」

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 山を登り別のホテルのレストランで昼食をとって海に向かって下って行く。
目の前に相模湾の海が迫って来る。
白い砂浜が広がる海岸の近くの駐車場に車を止めた。
黒いバディの中の落ち着いた真紅のシートからおりる福賀と海辺。
「夕日が沈むまで波打ち際を歩きましょう」
福賀は海辺を誘って歩き出した。
夕焼けが映えて光る海面を見ながら並んで砂浜に腰を下ろし足を投げ出した。
なんてロマンティックなスティエーションだろう。
福賀は独り言のように語りかけて来た。
「貴女は私付きの秘書だから他の秘書の人に当然それなりの見方をされます。
それなりとは私側の人間だとして孤立してしまう。当然ですが。でも其れでは
私に関係した情報は海辺秘書には伝わらない。彼らには夫々の思惑があるから
です。解るでしょう。難しいですが、私の事を何も知らない私は専務に指示さ
れた事を誠実に勤めているだけですと他の秘書たちに思わせてほしいのです」
ロマンティックではありませんでしたね。
「とても難しいと思いますが、努力します」
「秘書課の中で好かれるまではいかなくても嫌われない秘書でいてほしのです」
好かれなくても嫌われない人間関係づくり、これが福賀の基本的な考え方だ。
この事を福賀は専務付き秘書の海辺に伝えたかったのだ。
海面をオレンジ色に染めていた夕日は水平線に沈みかけていた。
海風は優しく二人の頬を撫ぜている。

「そろそろ帰りましょう」
黒いポルシェが走り出す。
海辺の身体がうっと後ろへ引かれた。
それ以後は走っているのか止まっているのか解らない感じで進んでいく。
また、福賀は独り言のように語り始めた。
「風を描こうと思うとどんな風を描こうかとイメージする。自分が今まで経験した
風の感触をイメージする。経験の中の風からどの風を描こうかと風の入った引き出
しを開けて探してみる」
なんで風を描こうとおもうんですか?風が吹いたからですか?
「風の中にも色々な風がある。柔らかい風があれば硬い風もあるし辛い風があれば
甘い風もしょっぱい風もある。そのイメージを形に置き換えると直線だったり曲線
だったりそれもいろいろ。眠くなった?」
「いえ。はい」
「ちょっと休みましょう」
高速を走っていたのでサービスエリアに車を入れた。

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つづく

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小説「イメージ」No;25

イメージ No:25

 私が望んで温泉に連れて来てもらったのだから乗ってみようと海辺は決めた。
「お入りください。福寿司さま以外のお客はおりません。掛け湯をして湯船に
お入りになったら福賀専務さんに入っていただいます。皆さん覚悟は出来てい
ますでしょうか。気をしっかり持って福賀専務さんと男女機会均等の試みと経験を
なさってくださいませ」
女将はすまして言い放った。
「え~~~覚悟って?」
「それはビックリして気を失わない為の準備です」
「女将さん余り圧力を掛けないでください。どうしたら良いか解りません」
「裸の付き合いは男の世界だけでしたが今日から変わりますよ」
女将は楽しそうに微笑んで従業員に一言二言ことばを掛けて女湯から出て行った。

「私の秘書も居るの?」
「いらっしゃいます」
まさか入って居るとは福賀は思っていなかった。
「そうか」
乗るだけ乗る覚悟をして来たんだなと頷いて大浴場の女風呂に入って行った。
露天大浴場の形は円形をしている。
女性たち10人は手前の淵に添って福賀に背中を向けて並んで居る。
「失礼して入ります。ちょって洗い場で掛け湯をしてから其方に向かいます」
自分の動きが相手に伝わるように福賀は声を出して語りかけた。
「それでは皆さんの右端へ回って入りますから私が湯船に入るまでちょっとだけ
目を閉じていてください。良いですね。違反をした人は即退場ですよ」
福賀専務も照れてるのかなと海辺は思っていた。そんな事はない。女性たちの
緊張を少しでも和らげたいと思う福賀の優しい心配りだ。
女性たちからは福賀に答える声も出せないで固まっている様子が感じられる。

「それでは入ります。未だですよ。良いですね。そのまま、そのまま質問に答えて
ください。龍が温泉で泳ぐの見た事ありますか?」
「ありません」
答えたのは海辺だ。
「見て見たいと思いますか?」
小さい声だが10人が一緒に声を合わせて答えた。
「見たいです」
何故か福賀と遊んでいるような気がして来た女性たち。
きっと福賀の冗談で、はりぼての龍でも持って来たんだろうと思っていた。
「それでは龍が温泉を泳ぎます。目を開いてしっかり見てください」
10人が一斉に目を開いて福賀を見た。
其処には張りぼてではなく背中に彫られた龍が睨んでいた。
「これが福賀専務?」
海辺は今までの専務から想像も出来ない専務を見て動揺していた。
柔らかくうねる湯に乗って背中の龍が泳ぎだした。
散らされた桜の花びらが微笑むように薄紅色に染まって美しい。

 何て事だろう福賀専務の背中に龍がいて温泉の中を本当に泳いでいる。
海辺の動揺は治らないで広がるばかりでドキドキしっぱなしだ。
「これで皆さんと自然な気持ちで裸の付き合いが出来ましたでしょうか?」
折り返しをゆっくり泳いで、入った淵から上がって出て行ってしまった。
勿論、10人が入り口の方に向きを変えて福賀の後ろ姿を見たのは当然の事。
それぞれが夫々の福賀をイメージした10分足らずのハプニングだった。
凄く短いような凄く長い時間のような其れは夢の中のような時間に思えた。
「ふ~ぅ」
「も~ぉ」
「あ~ぁ、こんなサプライズは生まれて初めて」
そうハプニングのサプライズでしたか。
「息が出来なかった~ぁ」
やっと息が出来て良かったですね。
「女将さんが云っていた覚悟って此れだったのね」
「初めてこの温泉旅行がどんなものか解って来た感じ」
「まだ何かあるのかしら」
「これ以上のものは無いでしょう」
「そうね。これ以上は耐えられません」
「ふぅ~ぅ」
「私、心ぞうが止まるかと思った」
「専務は私たちの心ぞうの強さ解ってたのね」
それはどうでしょうね。
「私も心ぞうパクパクだった。弱くなくて良かった」
両親に感謝ですね。
「私もよ」
10人が10人同じ覚悟の思いだったようだ。
月が高く上がっている。
その前を雲が通り過ぎて行った。

 大広間では男性たちが酒を呑みながら寛いでいた。
「お邪魔します」
「おぉどうぞどうぞ」
「どうでした、お風呂は?」
「とても良かったです」
「最高でした」
「そうでしょう。そうでしょう」
「あれだけでも来た甲斐があったって思うよ」
「なかなか出来ない経験でした」
「それはよかった」
「福賀専務は男女同等の提唱者でね」
「そうなんですか」
「だから遊び心で男女混浴を実践してるってわけ」
「なるほど、男女同等と云っても女性の方にも其れを受け入れない気持ちが
確かにあったりしてるかも」
「まあね、まだまだ此れからでしょうね」
少しづつ福賀専務の気持ちが解って来たように海辺は思った。

「有難うございます。福寿司さんに行っていて良かったです」
大将も嬉しくてたまらないって感じでお店にいる時とは全然違っている。
「いや~気持ちよく乗ってくれておいらも嬉しかったよ。乗りの良いって最高。
福賀専務がうちの店に来てさ、それも初めてだよ、大将これから皆んなで温泉
一泊旅行に行きませんかって云われた時はビックリしたね。一瞬え!って言葉に
詰まった。でも、専務の目を見たらマジなんだよ。でこりゃあ乗ってやんなきゃ
なるまいとぴーんと来ちゃった。行きましょう行きましょうって乗っちゃった」
「解ります。福寿司の大将だったらそうでしょうね」
「で、福賀専務が来たら、その時は温泉一泊旅行きってなったのさ」
「でも、無料って大変ですね」
「大変なんて全然ない。最初から全部専務持ちだから・・・ね」
「え~~~専務が持っているんですか?」
「私たちは専務に付き合ってるだけ。楽しませてもらってるだけ」
「何です。それって?」
「遊びですね。心のあ・そ・び」
大将の後を引き継いで、専務が嬉しそうに云って笑った。
「そうそう専務と我々の気持ちの遊びですよ」
そうなんだ、そういう事だったんだ。
海辺はやっと福寿司と専務の伊東温泉一泊旅行の経緯が解った。
「海辺さん。後で女将と私の部屋に来てください」
「はい」
え~~~私どんな顔して行ったら良いの?

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 つづく


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