SSブログ

小説「イメージ2」No:41

小説 イメージ No:41


 福賀は山海ホテルから車で降りて海岸の砂浜を歩いていた。
時は夕方で陽が落ちて行く途中だった。
雲のまにまに太陽が顔を出して海を照らしていた。

「いい夕焼けになりそうです。夕焼けはお好きですか?」
「好きですよ」
「私も好きです。夕焼けを見ていると吸い込まれそうになって、あの中に
入って行く感じになります」
その女性は車椅子に乗っていた。

 福賀は何かを感じたのだろうか。
「降りてもっと広い夕焼けを見てみませんか?」
「広い夕焼け?」
「そうです。砂浜の上に寝ると空が広くなるから」

「そんな事したことないです」
「今がその時のように思えるのですが」
「見てみたいです。広い夕焼けを」
では、と云って福賀は女性を抱えて車椅子から砂浜の上に降ろした。
「どうですか?」
「広いです。夕焼けが広がっています」

 少しの時間そっと夕焼けの中にいた。
「歩いてみたいと思いませんか?」
酷な事を聞いている。
「それはもう毎日思っています。歩きたい歩きたいと」
「そう。それではちょっと其のまま力を抜いてじっとしていてください」
「何か?」
「出来るかどうか解りませんが今日出来そうな感じがしますからひょっと
すると」
「私が歩けるようにですか?あの~お願いします」
その言葉には強い気持ちが感じられた。
どれほど歩くことに思いが募っていたのだろう。
女性は何かを福賀と同じように感じたのだろう。
福賀を疑う気持ちを捨てて任せることにしたようだ。
お嬢さんそれが賢明ですよ(雲)

 福賀は女性の頭に手をかざして気を送った。
そして段々と下に気を移して腰のあたりに強い気を注ぎ込んでいる。
するとキシキシと関節がきしむ音がかすかにした。
そして、腰から膝へ足首からつま先へ、女性の顔に夕焼けが微笑んでいる。
良かったねお嬢さん(雲)

「ゆっくり膝を立てて、上半身を起こしてみてください」
「あ~膝が、膝が立ちました~身体が起こせます」
「じゃあ、私の手を取ってゆっくり腰を上げて立ってみましょう」
「あ!あ!立てます。立てました。凄いです。奇跡です。嬉しいです」
「立てましたね。それでは身体の重心を移しながら歩いてみてください」

 どの位車椅子に座っていたのだろうか、歩くことさえ忘れていた筈だ。
それが福賀の誘導で歩いている。
涙が、涙が夕陽をあびて輝いている。
波もこの奇跡を祝うように夕陽を受けて嬉しそう。
自然が彼女を優しく包み込んで歩きを助けている。

「少しづつ、ゆっくりと、焦らずに。歩く感覚を思い出してみましょう」
案内されながら福賀の話を聞いたのだろうホッとした安心感が女性にあった。
車でホテルまで送っていって女将に委ねた。
「近いうちに又来ます。此方の女将さんに頼んでおきましたから遠慮しないで
色々お願いして続けてください」

「女将さん。ちょっと北海道と青森と岩手を回って降りて来ます。あの人を
見ててください。焦らないようにお願いします。一週間くらいで此方に来ます」
「了解です。フランスにもいらっしゃるんでしょう」
「そうですが、その前にもう一度会っておきたいので寄ります」

「どう?その後の様子は?」
「はい。毎日少しづつ快方に向かっています」
女将は心配ない様子で答えた。
「そう。今日もきたの?」
「はい。午前中に1時間ほど」
明日は直に様子を見てみようと福賀はそのまま晴れた海岸に出て行った。

「お~、来てましたか」
「はい。夕焼けに逢いに来たくて」
傍に車椅子は無い。
自然な感じで砂浜に腰をおろして足を投げ出し夕焼けと向き合っている。
「こうしている自分が信じられない感じです。もう、嬉しくて嬉しくて夢の
ようです。ただ有難うございますでは済まない気持ちでいました。あの時少し
そばに居ていただけるかと思っていたのに思った時にはお出掛けになった後で
した」
と云って笑った。
夕焼けも一緒に笑ったように聞こえた。
潮の香が優しかった。
二人で前とは違った感じで夕焼けと逢っていた。

 522-a.jpg

 フランスがパリが福賀を呼んでいた。
空港に着くとパリ航空のキキが待っている。
空港で軽い食事をすましてキキが乗って来た福賀のポルシェを走らせる。
あの王子が貸してくれている福賀のアトリエにキキを案内するのは初めて。

「ここが私のアトリエ・ド・パリです」
何とも不思議な空間にキキは溶け込みたい気持ちになった。
これが自然な感じなのだ。
色々な画家の魂がこの周辺を彷徨っている。
その中には画家たちに愛されたモデルのキキも居るに違いない。
そしてモイーズ・キスリングが描いた「赤毛のキキ」のようにキキはこの中に
溶け込んでいった。

「明日、会社の近くまで送るから泊まっていきなさい」
「はい」

 アトリエで作品の制作が始まった。
「此処で私は自然体でいます。無防備です。キキも自然体でどうぞ」
帆布を壁から吊るした広い空間の中で15点の制作中の作品たちが夫々に呼び
合い話し合っている。
福賀は昼間の制作とは全く違った感じになっていた。
舞うように躍るように激しく左に右に中央にと動いていたあの感じではない。
眺めていては飛びかかり、見詰めていては飛びついて行く格闘しているような
昼の感じはなく今の福賀は静かな空気の中で揺れ動いている。

 消しては描き、描いては消し、祈るように画面に吸い付いているかと思うと
部屋の中央に戻る。
正面に身体を向けていながら左の感じも右の感じも視界に入っているようだ。
これがパリに集まった色々な画家たちがショックを受けた福賀なのか。
あの浮世絵にある日本人のスピリットを内在する福賀の感覚なのだろう。
大胆にして繊細。

 何処に、こんなに大きく分割した色面を組み合わせる画家が居るだろうか。
その色合いの神秘性は西洋には無い。
何処にこんな髪に毛のような細い線が描ける人が居るだろうか。
色々な謎をちりばめた彼の空間には誰も入れない。
その空間と時間にキキは居る。

 その空間には既に溶け込んだ自然のままのキキの姿があった。
正面に150号のキャンバスが5点、左に150号のキャンバスが5点
そして右の壁にも150号の描きかけのキャンバスが5点大きなイーゼルに
乗っている。
パリで個展が企画されていて其の作品の制作中だ。

 キキは後方の壁際に置かれているベッドに腰掛けている。
その前ではキキに背を向けた福賀が踊るように左のキャンバスへ正面の
キャンバスへ、右のキャンバスへと飛び回って筆を走らせている。
それは描くと云うより何か不思議な舞のようにキキには感じられた。
初めて人の目にさらす福賀の制作風景がそこにあった。

 鍛えられた精神と肉体の福賀でなければ出来ない集中力が感じられた。
少林拳か?合気道か?気功術か?福賀の背中に彫られた龍が描いている様な
妖しくて不思議な光景にキキは陶酔していた。
いつの間にか寝てしまったらしい。
グレーの毛布が掛けられていた。

「キキ。会社の近くまで送って行きます。朝食は途中で良いですか?」
福賀の声で目が覚めたキキは黙って頷いた。
「会社が終わったら付き合ってくれますか?」
「はい」

「モンマルトルの丘に行って見たいから。マティスやゴッホやドガ、そして
ルノアールやユトリロやロートレックもそしてキキが呼んでいるようだから」

 ちょっとオシャレなレストランに入る。
夕陽に照らされながらキキが好きな料理を選んで食事する。
観光化されたモンマルトルは昔と違っているのだろう。
それでも、福賀には画家たちの魂と会話を楽しんでいるようだった。
モンマルトルからモンパルナスへ移って行った時の話をしているのだろうか。

 そう。時々二人をかすめて飛び交っているのはピカソだったりモジリアーノ
だったりフジタかも知れない。
何しろ彼らの魂は普通じゃ無いから。
無類の遊び心を待ちあってこよなく自由を愛し合っていたのだから。
ロートレックとフレンチカンカン良いな~。

 あの時代、ロシアからもスペインからもイタリアからも芸術家が集まった。
パリは芸術の都と言われていた。
そうだ拠点がアメリカに移るまでは。
ゴッホが居てゴギャンが一緒だったじゃないか。
タヒチ島に自分の世界を求めたが、なし得ずに強制送還で帰って来たけれど。
多くの芸術家が泣いたり笑ったり怒ったり喜び合ったり切磋琢磨したパリだ。

「キキ?」
「何か?」
「ありがとう。感謝している。これから私はどうなるか自分でも解らない」
「私も解りません」
「でも、よろしく」
「大丈夫です。任せてください。どうかしましたか?」
「何か大変な変化が私を待っているような感じがする」
「何か音が?」
「したね。ひゅーって」
「はい」

 つづく

 
nice!(61) 

小説「イメージ2」No:40

小説「イメージ2」
No:40

 少し話が早く進み過ぎたので話を福賀が専務時代に戻そう。

 福賀は月の後半をパリで仕事をしている。
パリに事務所を作ったが、いずれは雪月花の支社にするつもりだ。
そこに5人のスタッフが福賀を待っている。
フランスの大学に留学して卒業を控えた学生たちだ。
画廊のオーナーが揃えてくれた信頼できるメンバーたちだ。
国も色々、今は福賀の個展に関わる準備を進めてもらっている。
画廊との連絡・美術連盟との連絡・印刷物のデザイン・オフィスのHP。
その管理・福賀が関わる会社との連絡・その状況を聞いて福賀はスケジュールを
作る。
二週間のパリはまたたくまに過ぎて行く。

フランスでの仕事を終えた福賀が日本に帰って来た。
「専務ご苦労様でした。色々予想以上に成果が上がったようですね」
社長が労いの声をかけてくれる。
新しい取締役を含め夫々が緊張した面持ちで福賀を迎えた。
福賀の帰りを待っての取締役会が開かれる。
「一つはパリで有力な化粧品会社バロンと共同で新しい化粧品を開発する
合同会社設立です。これが形になりました。皆さんのご協力とご理解の
成果です」

「名前はユキ・エ・バロンです」
「雪月花のユキですね」
「そうです。フランスに作る会社ですから社長はバロンの副社長になって
いただくことにしました」
「前に構想に上がっていた女性の副社長のシャロンさんですね」
「そうです。そしてお互いのセンスを吸収し合って新しい製品を作るために
社員を交換します」

「その人選をしなければいけませんね。
「出来るだけ早く」
「双方で夫々10名位をイメージしていますので、後ほど私たちが専務に
届けて検討していただく事で如何でしょうか?」
「いいと思いますが、如何ですか?」
社長が他の取締役をうながす。
先輩の男性取締役たちが顔を見合わせて頷きあった。
「いいと思います」

「二つ目はパリの雪月花事務所です。此処も留学している大学生を5名で
仕事をしてもらっています。これは将来の支社をイメージしています」
「素晴らしい。雪月花は世界へ羽ばたくイメージが形になり始めましたね」
「そうですね。イメージが形になっていくようすが見えるようです」
「こんな夢を見ることも考えていませんでした」
「これからですよ。専務が夢の見方を示してくれています」
「まだ三つ目ありますか?」
「今のところは此のくらいですが出てくるかもしれません」
「出て来そうですね」
「アラブ圏の王様からいただいた石油基地ですが二つのうちの一つを雪月花に」
「え~どう云う形で?そんな貴重な贈り物を雪月花で?」
「よりよい運用を任せたいと思っています」
「解りました。考えさせてください」
福賀の気持ちを社長が受け取った。

 521-a.jpg

 専務室に帰って福賀は海辺に電話した。
「5人の新しい取締役に電話して私の部屋へ来させてください」
呼ばれるのを待っていたように5人が次々に入って来た。
「失礼します」
「どうですか?色々な所から取材があったようだけど?」
5人が顔を見合わせながら答える。
「ありました。スケジュールを調整するのが大変でした」
「まだ続いています」
「今日もこの後あります」
「夕方までには終わります」
夫々が生き生きして声が弾んでいる。
「出来るだけ協力するようにしてください。社のPRにもなる事ですから。
そして皆さんの認知度も高まります」
「今までなかった事ですから大変です」
「そうでしょう。初めての事は皆大変です。でも経験ですからプラスです。
何回も経験を積み重ねる事が大事です」

「専務お願いがあります」
「何ですか?お小遣い?あ、お土産ですか?申し訳ない。ありません」
「違います」
「あの~温泉に行きたいのです」
「私も行きたいと思っていました」
「私もです。
「右同じです」
「いけませんか?」

「温泉ね~ぇ。良いでしょう。行きましょう」
雑誌の取材は夕方までには終わるようだ。
慣れない仕事とマスコミの取材攻勢で疲れているのだろう。
「では、7時前に銀座の福寿司に行ってください。海辺に手配を頼んで
おきますから。いいですか?」
「はい。有難うございます。よろしくお願いします」
そ~っと専務室を抜け出した5人組は思いがけず思いが叶って大喜びだ。
「思った事は云って見るものだって解ったわ」
福賀は温泉が大好きなんだから誘う様な事を云ったりしてはだめですよ。
でも、仕方ないか。

 福賀は5人が帰ってから海辺に電話を入れた。
「5人が温泉に行きたいと云っている。私も行きたいので福寿司に予約を
入れてください」
「私も行きたいです」
「そうですか。良いですよ。じゃあ7人で予約を時間は7時」
「はい。直ぐ電話します」
「どうぞお越しください。お待ちしています。とのことです」
「了解。有難う。では海辺さんは早めに行って待っていてください。私が
行くと福寿司は女将さんがのれんを込んで店閉めちゃうから7時前に行って
ないと入れなくなりますよ。5人にも云っといてください。私はそう7時半
頃に行きますから適当にやっていてください」

 あちらこちらで今日来て当たりとニコニコ顔で喜び合っている。福賀は
この字のカウンターの入り口に近い端で久保田をぐい呑みでアナゴの握りと
本鮪の赤身の握りを口に放り込んでいる。

「はい。バスが来ました。帰る人は帰って。乗る人は乗って。はい。今日の
勘定はなし。また来てね」

「皆さん。今晩は毎度、東西観光をご利用いただき有難うございます。此れ
から伊東温泉一泊旅行にお供いたします運転手は車好人(くるまよしと)添乗
員は世界グルメツアー部・部長の山谷梅乃(やまたにうめの)です。当社社長の
福賀貴義(ふくがきよし)がスポンサーですので心配なくお楽しみいただけます
のでご安心ください」
「豪華ですね。気分も豪華です」中に
「部長さんが運転と案内をしてくれるなんて福寿司のこれしかありませんよ」
「まったくだ」
「運転は福賀専務の指導だそうですよ」
「福賀専務は運転も凄いんだ」
「それはもう乗っているか乗ってないか解んない位だって」
「乗って見たいものだね」
「ちょっとそれは無理ですね」
どっと笑いが起きた。

 福賀が珍しく苦い顔をして女将を呼んだ。
「今日は女性たちの中に記者が混じっている様なので大浴場女風呂貸し切りは
無しにしてください。貸し切りは男湯だけにしてください」
「解りました」

 膳が運ばれる前に女将がそれぞれの部屋割りを手際よく決めていく。
「福寿司の女将さん、ちょっとよろしいですか?」
「はい。何か?」
「実は・・・」
福賀から告げられた今日の事情を話した。
「了解。話して置きます」
「よろしくお願いします」
大将に耳打ちする。
「解った」
大将が店の若い者に告げる。
「男だけにそっと耳打ちしてくれ」

 女性たちは異常を感じたが男性たちだけの用事なんだろうと思っている。
福賀専務との一緒の入浴を楽しみにしていた5人と海辺は女将に聞きに行く。
「女将さん。あの~大浴場の貸し切りは今回は無いのですか?」
「それは、福賀専務のご都合で男風呂も女風呂も貸し切り無しになりました」
「楽しみにしてたのに無いんですか」
「し~~~後で連絡しますから、騒がないでください」
「済みません」
「お食事が済みましたらお部屋でお待ちください。専務から連絡があると思い
ますから」
「解りました」

「うちの6人と山谷を食事の後に私の部屋に連れて来てください」
「専務さんの露天風呂ですね」
「仕方ないです。貸し切り露天風呂を楽しみにしているのですから」
「私もご一緒させていただけませんか?」
「どうぞ、そ一緒しましょう」
「専務さんの龍とお会いするのは本当に久し振りです」
「そうでしたね」

 518-x.jpg

「皆さん。私の秘密基地へようこそ。今日は生憎でした。女性の記者さんが
紛れ込んでいたようなので貸し切り大浴場女風呂は中止になったので仕方なく
此方に来ていただきました」
「そうでしたか。楽しみが無くなってガッカリしていました」
「此処は私のプライベートの部屋です。此処は女将と海辺しか知りません」
「特別なんですね」
「だから秘密にして他言無用です」

「やっと解りました。専務がほとんど会社にいらっしゃらない訳が」
「バレちゃいましたね。ハハハ。此処には大きめの露天風呂があるので今日は
此処を貸し切りにしました」
「今日は私もご一緒させていただきます」
女将が姿勢を正して宣言した。
どうですか?和気藹々自然でいい感じじゃないですか。

 つづく

nice!(57) 

小説「イメージ2」No:39

小説 イメージ No:39

 恐らく組閣本部の中は岩上総理と事務方から一人らしい。
何かが起こりそうな雰囲気を漂わせてテント村は緊張している。
先ず一人が呼ばれたらしい。
黒塗りの迎えの車から降りたのは検察と警察に強い大和田猫多だ。
次が誰だ?
黒のポルシェから降りて来たのは何と株式会社雪月花の専務。
「何!福賀貴義?」
「あの福賀貴義!」
「二番目に呼ばれたぞ?」
「情報はないのか?」
「え!副総理?」
「まさか民間の人間だよ。副総理は無いだろう」

 民間からの入閣それも副総理として入閣だとしたら前代未聞の快挙だ。
なぜ快挙だって其れは金と権力狙いの利権議員からじゃないからだ。
そしてマスコミにとってこれほどのビッグニュースはない。
支持率10%の自分党から最後の砦・岩上総裁が総理になって指名したのが
部長でスカウトされ4年で専務になった経済界の風雲児と云っていい男だ。

 起死回生の自分党から躍り出た福賀貴義ってどんな人間なんだろう。
そして以後の入閣はこれ以上ないクリーンさで決められて行く。
岩上総理と大和田副総理そして福賀副総理で人選が行われ呼び込まれて行く。
我慢に我慢を重ねていた岩上らしい組閣だ。

 もう、TVはどの局も福賀副総理で持ちきりで特別番組が臨時に組まれた。
「おいおい。見てみな。福賀専務が大変な事になってる」

「社長。大変です。福賀専務が副総理になっています」
「副総理だって。いつの間に。パリから結婚の挨拶状が来てましたが」
「社長は知ってたんですか?」
「申し訳ない。彼から電話で聞いていました。でも伏せておいて欲しいと」

「女将さん。福賀専務が副総理になったとニュースでやっています」
「そうですか。その位じゃ驚きませんよ。私は」

「大将。福賀専務が副総理ですよ」
「とうとう政界進出か。しばらく来てもらえなくなったな」

「会長。山谷です。福賀社長が副総理になっちゃいましたよ」
「そのうち何か云って来てくれるでしょう」

「温地会長。漁業組合の波崎です。福賀専務が副総理になりましたね」
「そうですね。でも心配ないでしょう」

 通例の記者会見で福賀は質問の集中攻撃を受けたのは当然の事だった。
「副総理になった経緯について伺います」
「岩上さんに手伝いを頼まれました」
「いつですか?」
「岩上さんが総裁になる前日です」
「岩上総理と面識はあったのですか?」
「ありません」

どよめきが起こった。
「面識が無かったのに何故ですか?」
「それは岩上さんに聞いてください」
記者も愚問に気付き質問が出来なくなった。
「後が詰まっているので又改めてお会いしましょう」
あっという間に福賀の記者会見は終わってしまった。

 imaji-520.jpg

 岩上総理の所信表明がある日の朝、福賀の携帯の電話が鳴った。
「岩上です。急性盲腸炎で今病院に向かっています。申し訳ないけど私の
代わりに所信表明を頼みます。議長に私から連絡しました」
「解りました」
岩上総理の事情を各閣僚に連絡を入れた。
議長には岩上が福賀に代理をさせたいと頼んで了承を得ていた。

 国会が開かれた。
議場は事情を聞かされて騒然としている。
議長が入って来た。
議長席に座り鎚で議長席を叩く。
「只今より衆議院本会議を開催いたします。初めに岩上内閣総理大臣の急性
盲腸炎による緊急入院のため福賀福総理大臣に岩上内閣総理大臣の所信表明
代行を許します。福賀副総理大臣どうぞ」

 福賀が男女半々の大臣が並ぶ閣僚席から立ち上がり演壇の手前で立ち止まり
議長に挨拶の礼をして壇に登ったが其の手には何も持っていない。
演説の原稿を忘れたのか遅れて事務方が届けてくるのか?
いや、それはないだろう。
原稿なしで総理の所信表明代行を務める気か。

 壇上に登って福賀は深々と頭を下げた。
「岩上内閣総理大臣が急性盲腸炎で入院されました。手術は無事すみ現在術後
回復のため入院されています。議長に特別許可をいただき副総理の福賀が岩上
総理大臣の所信表明を代行させていただきます」

「では、最初に新しい内閣が何を求めて行くかを明らかにしておきます。
新しい内閣が求めるものは国民の安全と生活にとってよりよい環境です」

「そして、世界の中の日本が好かれるまでは行かなくても嫌われない日本と
してよりよい環境づくりを求めます。そうです。新しい岩上総理大臣による
内閣は【よりよい環境づくり内閣】であります。そのために今までの在り方を
検証し確認する必要があります。よって最初の仕事として各省庁に監査機関を
設けます」

「各省庁に監査機関を設け、今までのあり方を検証して確認する。人間が夫々
顔が違うようにお互いに違いを持ち合っている事実を基本に置く。外交も世界
各国の違いをより深く学び、夫々の違いへの対応を考えて当たるようにする。
其のために外交に携わる者は常時研修を重ね各国を訪ね実地に理解を深める」

「諸外国にプラスになる日本を常に思考し、努力する事を基本とする。其の上
諸外国に求められる協力を惜しまずに努力する」

「国民の教育は将来へつながりに於いて重要であり、よりよい環境づくりが
必要と考える。教師が生徒の教育に専念出来るように教員の数を増やし補う」

「敵を想定する考えより国民の安全を守る目的として防衛より防災が大事と
心得る」

 まず外交を第一に挙げ、次に教育と研究の分野、文化と科学のバランスを
挙げながらとうとうと述べていく。

「総論・各論・具体論となるとかなりの時間が必要です。ここで休憩を20分
取らせていただきます」

 緊張から解放された議員たちはホッとして議場から出て行く。
何をどう話したものか夫々が言葉を見つけられず溜息をつくばかりだ。
その間、福賀副総理は壇上に立ったままで議員たちが戻るのを待っていた。

 経済・金融関係、自然環境関係、産業・生産関係、エネルギー関係などなど
総論・各論・具体論を台本無しで語り切った。

「以上をもちまして総理の所信表明代行を終わります。長時間ご静聴いただき
有難うございます」
福賀副総理が深く頭を下げた。

 場内がし~んと凍りついたような静けさがあり、そして野党席から
拍手が起こり始めた。
遅れて与党席から拍手がわいた。

 そして拍手をしながら全員が立ち上がった。
ついぞ見た事の無いスタンディング・オペレーションだ。
勿論この後の参議院でも同様な風景が見られたのは云うまでもない。

 所信表明の中に与野党の質問の余地を含ませてもいる。
そこまで考えていたか福賀副総理恐るべし。
完璧なものはない、絶対もない。
森羅万象まったく同じもの無し。
これが福賀の基本的な理念なのだ。

 そこに中国でマグニチュード8.6の大地震が起きた知らせが入った。
「国連事務総長のスミスです」
「内閣副総理大臣の福賀です。国連から中国大地震支援要請をいただきたいの
ですが」
「解りました。折り返し国連から中国大地震への支援要請を発信します」
「何が必要かは私が直接聞きます。そして支援団がまとまったら私が同行
して行きます」
「解りました。それでは福賀さんを臨時国連大使に任命しますので。よろしく
お願いします」

 福賀は敏速に動いた。
相手の違いに応じて出来る限りの対応を行う。
医療・医薬品・プレハブの仮設住宅・衣料・食料と飲料水の輸送を手配した。
防衛省に2000人を一時的に退省させNGO/HPOの元に置き同行させた。
相手の国に入ったら、その国の意に沿って動く。
それが福賀の考えだ。
そのために福賀が同行した。

 人口も日本の10倍の中国だから自然の災害も大きく範囲が広い。
福賀はしばらく泊まって対応の指揮をとって後を夫々のキャップに任せて
帰って来た。

 福賀の癒しは温泉と海だ。
そうだ寿司食べて温泉に行こう。

 やや大きな男を前に横向きで入って来た福賀だ。
「えらっしゃい!」
相変わらず威勢が良い声で大将は元気だった。

 女将が福賀に気づいた。
「おや?」
し~ぃっと福賀が制した。
カウンターの中の大将に向かって女将が口をパクパクしている。
(フ・ク・ガ・フ・ク・ソ・ウ・リ)って送っている。
「どうぞ。こちらへ」
福賀の定席は入り口に近いカウンターの右隅だ。
「ありがとう」
「お久しぶりです」
「ご無沙汰してしまって」
「お疲れさまでした。で、こんち。よろしいんで?」
「いいですよ。其の前に一口」
「了解!大将!」
女将が右手の親指を立てて見せた。

急いでのれんを取り込みに走る。
「何だ?どうしたんだ?」
「ひょっとして、あれかな?大将」
「あれって何ですか?」
「あれったら、あれよ」
訳を知らない客がおろおろして常連客に聞いている。

 521-b.jpg

 つづく


nice!(48) 

小説「イメージ2」No:38

小説「イメージ」 No;38

 今までのあらすじとつづき。

まず福賀貴義(ふくがきよし)の生い立ち。
3歳の時に両親は交通事故にあってなくなり、父方の叔父に引き取られて育つ。

 3歳より叔父の指導で合気道を習得する。中学の時に美術教師に水彩画を習う。
絵を描く事で自然と親しくなり自然と会話するようになる。自然とのつながりが
直感力を高めて行き少林拳と気功の習得になって行く。

 国立アート大学を一浪で合格して自分に親から受け継いでいるだろう資質など
無形の財産の発掘に全てを賭けて行く。其の過程でデザインの公募展に入賞して
学生では初めての日本広告美術協会の会員になる。
殆ど同じ時期に国際アート・フェスティバルでグランプリを獲得する。

 それが大きく新聞で報道され株式会社雪月花からスカウトされる。
様々な条件を全て受け入れられ新設の化粧品部門のトータルマネージャーになる。
優れた直観力と感覚を屈指して企業利益を想像以上に増していき株主から高評価
を受けて入社4年で専務取締役になる。

 海と温泉をこよなく愛し伊東のホテルに自分の部屋を持ち、アラブ圏の王国で
国王の命を助けたお礼に石油基地2箇所を提供されパリにある王子が持つお城の
中に自由に使えるアトリエを提供されている。
また、中国には学生時代に少林寺に入門して少林拳を学んだ関係で中国の中枢に
コネをもっている。

 フランスには美術家連盟と伊東温泉・山海ホテルで知り合い交流をもっていて、
フランスの化粧品会社と合同の会社を立ち上げている。
最近ではTVのアルミの窓に出演依頼があり、月刊誌からも取材の申し込みをうけ
ていたり、ホテル・旅館連盟と漁業組合の顧問になっていたり、経営者会議の会
長から青年部・部長を任されたりしている。

 経営者会議の女性部会で戦略講師も務めている。点字を学び点字で文章を打つ
事も出来るし手話で話す事も出来るがまだ勉強中。

 IMG_20230808_155829.jpg

 そして今一週間の休暇をとってパリにいる福賀から各方面に月下ナミカと結婚し
た挨拶状が各方面に届けられた。
余りにも突然の結婚挨拶状に誰もが唖然としている。
株式会社雪月花の役員会議室でも思いもしていなかった知らせに役員達は呆然と
して皆んなどう対応したものか思案中。

「社長。おめでとうございます」
やっとの事で誰とはなしに声が出ておめでとうの合唱になった。
「ありがとう皆さん。真に申し訳ありません。実は、福賀専務と娘は学生時代に
知り合いだったのです」
「え~~~本当に?」
「本当です」
「それでは、福賀専務の線は?」
「そうです。娘でした。私があの新聞記事を見て彼とコンタクトを取らねばと直感
した時に家内から娘の知り合いだと聞かされナミカに彼と会えるように頼む事が
出来ました」
「そうでしたか。運が付いていたんですね」

 まだパリに着いて二日目だっただろうか、夜おそくホテル内のレストランで
食事をして部屋に帰って来た時だった。
「もしもし。月下です。如何ですか久しぶりのパリは?」
「まだナミカさんと少し見て歩いているところです。ナミカさんと変わります」
「ナミカか?元気ですか?そう、そうですか。声を聞いて安心したよ。福賀さん
と変わってくれる?あ、もしもし自分党の岩上さんから電話が掛かって来て君に
急いで連絡を取りたいと。そう、内容は言わなかったが緊迫した感じだったから
携帯の電話番号を教えました。ごめん。多分すぐ掛かってくると思うからよろしく」

「え~自分党の岩上さん。何だろう?」
「政治家でしょう。其の関係かしら?」
「そうかもしれないね」
着信音が鳴る。
「もしもし福賀です。義父から電話ありました」
「ご結婚おめでとうございます。ご旅行中に申し訳ありません」
「有難うございます。私に何か?」

「申し訳ありません。本当に申し訳ありません。事が緊急を要するものでして
実は私は自分党の総裁候補にされそうな状況で、どうしても私が引き受けねば
ならない状況でして、より良い環境作りをお考えの福賀さんに手伝っていただく
他なくなりまして大事なご旅行中に本当に申し訳ないのですが助けてほしいです」

「確かに趣旨は岩上さんと同じですが、私はデザイナーでして政治は世界が違い
過ぎてお手伝いしようがないと思いますが」
「それでお願いしてます。今がチャンスです。変革が出来るチャンスなんです」
「でも、世界が違い過ぎます」
「今なら党の存続は自分の存続と党員たちは思っています。どんな事でも聞く状況
が今あります。福賀さんに手伝ってもらえばイメージがデザイン出来ます」

「そうですか。それで岩上さんは私にどんな形で手伝いをお考えでしょうか?」
「私が総理になった場合に入閣と云う形で考えています」
「そうですか。では、副総理ではどうでしょう。それが出来れば手伝いをさせて
いただきます」
「副総理?」
「はい。岩上さんの代わりになって働ける立場の副総理です」
「なるほど。解りました。党にはかって見ます」
つうと云えばかあ、話は直ぐに通じる感じが気持ちいい。
電話が切れて又掛かって来た。
「党の承認を得ました。副総理としてよろしくお願いします」
「解りました。それでは明日の便で日本に帰ります」
「申し訳ない。これも日本のため助かります」
「着いたら電話します」
「有難う」
「我儘を云ったりしたりしますが全て手伝いのためと思って自由に泳がせてください」
「承知しました。肝に命じて守ります」
あまり物事に動じない福賀だが思いも寄らない急展開に呆れていた。
まだまだ此れから行う予定が沢山あるのに一時政治に行って戻ってこよう。
「ふ~ぅ」

「副総理?ふふふ」
雪月花の時は部長でと云って、役員の時は専務でって閣僚で云われて副総理でだって。
本当に面白い人ね。
ナミカは可笑しさがこみ上げて来て止まらない。
大変な事になってしまった。
ナミカは笑っていた口を開けたままで泣いている。

「お父様。ナミカです。福賀が大変です」
「え!大変って?福賀さんに変わって」
「義父さん。大変なことになりました。でも、まだ内緒の段階ですが岩上さんが
総理になったら副総理で手伝う事になりました」
「冗談でしょう。そんな可笑しな話は聞いた事がありませんよ。民間から副総理。
気は確かですか。そんなのありっこ無いです。聞き違いでしょう」

「でも、部長から専務って話はありました」

「そうでしたね。君は東西観光で平の新人さんを部長にしましたね」
「はい」

「専務から副総理ってありなのか」
「岩上さんの電話は手伝ってほしいって話でした。で副総理んら出来ると云いました」

「お父様。この人思っていたより変な人でした」
「どうします?」
「仕方ないでしょう」

「仕方ないですね」
「お母様によろしく云ってください」
「解りました」

「それにしても、よく党が受け入れたね」
「自分党は、今そうした状況なんでしょう」
「そうか、党としては大きいけれど内容的には只の大きな傘なんだね」
「党が無くなれば自分たちも無くなるって感じ」

「そうか。今が改革のチャンスか」
「そうだと思います」
「では、この事は私だけが聞いておきましょう」

「そうしてください。明日の便で私は帰ります」
「解った。気をつけて」
「ナミカさんは知り合いにお願いしてゆっくりパリを楽しんでもらいます」
「有難う」

「副総理ですか?」
「そうですよ。副総理として自分党の岩上さんの手伝いをします」
「そう。いい感じ。やっぱり思った通り楽しみが大きくなったわ」
「折角のパリ旅行が残念だけどナミカがいい感じって思ってくれたから又の楽しみになった」

「私には貴方の生き方が最大の関心事で、それを見守れる楽しみが最高なんだから」
「愛してるよナミカ」
「私も愛しています。だから誰よりも大きく広く思いっきり羽ばたいてね」

 自分党の首班内閣は国民の信頼を無くし、支持率が10%に落ちて闇雲総理に不信任案が
提出され可決された。
その後、岩上が最後の砦として総裁に押されて総理大臣に任命されたら国民本位の体制に
戻さなければならない。其の時を岩上は待っていたのだ。

 岩上総裁で首班指名投票が行われた。
自分党が議席多数を持っていたので岩上総裁が内閣総理大臣に指名された。

 さ~あ直ぐに組閣に入らなければならない。
福賀は自分が副総理として手伝う条件として検察と警察に力のある十和田を副総理として
加えてほしいと望んでいた。

 組閣本部が設けられたが其の中は外部から知る事は出来ないがどうやら法務省のTOPと
岩上総理だけのようだ。
報道関係のテントが立ち並ぶ中を呼び込みが始まった。

 つづく

nice!(55) 

小説「イメージ2」No:37


イメージ No:37

 福賀のイメージに温泉と海がつながった。
福賀は秘書の海辺をホテルに残して伊豆・ホテル旅館連盟の会合が行われる
会場に出掛けた。
会場は伊豆では最大のホテル「伊豆観光ホテル」の大広間だった。
8時前に連盟の役員全員が集まって福賀を待っていた。

「福賀専務がお見えになりました」
既に会長から幹事には福賀が顧問を引き受けた連絡が行き会員たちに伝わって
いた。
大きな拍手が福賀を迎える。
「こんばんは。福賀です。よろしくお願いします」
また大きな拍手が力強くわいた。
会員たちの福賀に期待と尊敬の気持ちが溢れていた。


 議題は「ホテルと旅館の改革」に挙げられていた。
停滞している現状の改革を強く望んでいる様子が福賀に強く感じられた。
改革の必要を強く感じているがどう改革したらいいか解らないでいる。
福賀の基本的な考えは常にそれぞれの違いを尊重して生かし合う事だ。
そして、それぞれの環境の整備とよりよい環境作り。そのためにどうするか。

 個性を輝かせ、自然を大事にすること。そして自由なコミュニケーション
が大事で、そうした抽象的なことをどう形にして行くか。
こうした福賀の提案に対して会員の意識を問い、意見や感想を2時間聞いた。
「何でも考えを直ぐ形にするのは無理ですから、次回までに色々考えてみて
形にして行きましょう」

「実は此方に来る前に漁業組合の組合長の波崎さんに呼ばれて会って来ました。
矢張り漁業の方も改革を課題にしていて顧問を頼まれお受けしてきました」
お~!っと会場にどよめきが起こった。
ホテルも旅館も自然に恵まれた環境があって観光客に愛されていて、そこには
矢張り自然に恵まれた魚介類がたくさんある。

「ホテルと旅館だけではないですね。当たり前ですが三味一体で強くなります。
違うものが夫々の個性を認め合って繋がると其れが改革の柱になりませんか?」
お~っとまた力強い叫び声があがった。
自然と関わって生きて来た人たちは純度が高い。
自然の中で自然と関わりながら生きていると其の価値を意識しないでいたりする。

 福賀のイメージが形になるのは、そう遠くはなさそうだ。
「自然は山だけではないでしょう。海だけでもない。海も山も自然なんですから」
当たり前の事であっても全体的に考えないで部分的に人は考えやすい。
「そうですね」
「全体的を視野に入れて考えないといけませんね」
福賀は漁業組合とのリンクを考えているようだ。

「おかえりなさい」
「露天風呂に入ろうかな」
「私もいいですか?」
「いいでしょう」
「ホテル旅館連盟の顧問を引き受けて、漁業組合の顧問を引き受けたし」
「お忙しくなりますね」
「忙しいのは苦にならない。楽しみだから。絵を描いているようだから」
「会社に関係して来るのでしょうか?」
「多分・・・自然につながって行くのではないかな」

「福賀専務が動くと動くに従って色々な変化が起きて行きますね」
「イメージで動くから」
「そうおっしゃいますが、福賀専務のように動ける人いません」
今夜は月が煌々と輝いていて其の目を一塊りの雲が行ったり来たりしている。
海辺は秘書として福賀についた時から感じていた。
この人は自由に泳ぎ回る魚のゆでもあり、空を飛びまわる鳥のようだと。
福賀は感覚的な人間で、直感的な人間だと。
山海ホテルの女将さんや東西観光の山谷さんも直感人間。
福賀専務の近くには自然とそうした人間たちが現れる。
「私は自由でないと何も出来ない我まま人間で困ります」
って福賀専務は自分で云っている。

 福賀が我ままと自分で認めていることが海辺には気持ちよかった。
「私、結婚しようかと思っています」
海辺は直感的に福賀には結婚の相手がいると思っている。
だから福賀から離れるために秘書に徹するためにも離れなければいけないと。
「そう。それはおめでとう」
「まだです。したとしても何も変わることはないのです」
「と云うことは、会社の方も私の秘書も変わらないのですね」
「はい。今までと変わりません」

「パリの方も色々動いているようですから様子を見に行きますか?」
「はい。お願いします」
「アラブ圏にも、中国の方にも行きましょう」
「はい」
海辺は先に自分の気持ちの変化を知っておいてほしいと思っていたが先を
越されてしまった。

「専務、ご結婚は?」
「あると思いますよ。いつかそのうち」
「近くですか?」
攻めるな海辺さん。
「まだ、先がいいかなって感じですね。まだ其の前にやる事が沢山あるし
やりたい事があるから」
やっぱり決まった方がいらっしゃったのね。
海辺には結婚する相手も予定も無かった。
ただ、福賀への気持をそらしたかったことにして決別しておきたかった。
専務が結婚する相手ってどんな人だろうと海辺は福賀の近くに寄って同じ
月を眺めていた。

「専務のお背中触って良いですか?」
「え~彫られてから触られたこと無いんだけど」
「少しだけ良いですか?」
良くはないんだけど。断ったら海辺は死ぬかもしれない。
命には変えられない。
「少しだけですよ」
あ~ぁあの時もこの時も何て時なんだ。
海辺の掌が温かい自分の温かさと同じ感じがする。
おいおい少しって云ったよな。
何か掌と違うものまで触れてるじゃないか触れ過ぎ。

 518-l.jpg

「専務。ごめんなさい。有難うございます。先に上がらせていただきます」
あぁ死なせずに済んで良かった。
でも、何てことを海辺は秘書だよね。
いや、あれは秘書ではなかった。
福賀は固くそう思って飲み込んだが、それもどうなんだ。

 株式会社雪月花では取締役会が開かれていた。
「福賀専務に選考を頼んでいた5人の女性取締役を加えたいと思います」
秘書課長に5人を呼んでくれるように福賀が指示した。
采野(さいの)・池野(いけの)・梅苑(うめぞの)・江先(えさき)・沖(おき)に呼び
出しの電話が行く。
何も知らされていない5人は何事かと不安に思いながら役員会議室に恐る恐る
入って来た。
こう云う時は良いことより悪いことを考えてしまう。

 現在10人の取締役のうち5人が監査役になって席が空いてる。
「5人の皆さんに常務取締役として経営に参加していただきたいと思います。
どうぞお掛けください」

「今まで思っていたことですが、なかなか実現出来ずに来ましたが男性にない
女性の感性を経営にいかしてほしい、其の思いで取締役の意見が一致して叶い
ました。如何でしょうか?」

 社長の説明を聞いて5人は悪い事ではなかった事にホッとした。
そして、今まで福賀から色々試練の仕打ちを受けた事が此処でつながって来た。
私たちは福賀専務に試されていたのだ。
乗って良かったと5人は夫々同様な思いを持ち合ったに違いない。

「改めて伺います。引き受けていただけますか?」
5人は反射的にはっきりと答えた。
「はい。有難うございます。よろしくお願いいたします」
「良かった。良かった」
社長は他の取締役と顔を見合わせてニコニコしている。
これで社長と専務を除いた取締役は男女同数になった。
福賀が望んでいた男女機会均等のイメージが形になった。

 そして株式会社雪月花は創立40周年記念パーティの準備が始まっていた。
海辺は専務がお付き合いをしている方を聞いて見たい衝動にかられていた。
聞いてしまった。
福賀が海辺の前に回ってきて右手の人差し指を出してそっと云わないのって
感じで海辺の唇をふさいだ。

 伊東温泉・山海ホテルだけしか福賀の仕事範囲をしらない海辺はパリの福賀
そしてアラブ圏の福賀や中国の福賀も秘書として知りたい。

「社長。家族も参加して良い事にしていただけませんか?」
取締役たちは家族の参加を許してほしいらしい。
「家族で参加ね~」
「家内と娘も参加させてほしいのですが」
「家族の協力も大きいので」
「どうでしよう?みなさんのご意見は如何ですか?」

 新しい取締役たちは反対する理由がないから微笑みながら頷いてる。
「大変結構だと思います」
と声を揃えて賛成する。
「どうかね専務?」
「良いでしょう」
「では、家族の参加ありで決定」
「有難うございます。家内も娘も喜びます」

 当日が来た。
「え!専務が急性胃潰瘍で欠席?」
旧取締役たちは自分の娘を専務に紹介する計画でいたようだ。
福賀がその企てを感知しないと思っていたのだろうか。
傷つけたり面倒なことにならないようにと福賀最良の考慮だった。

 つづく

 
nice!(56) 

小説「イメージ2」No:36

イメージ No:36

「福賀専務の背中に何で龍が住んでいるのか不思議です」
「そうだね。あの人は直ぐ感じてしまうだよ。直感が鋭いから」
「どう云事です?」
五代目に3年間も狙われて命をかけて六代目をついでほしいと頼まれて仕方な
く承知してしまった経緯を福寿司の大将が話した。

「なるほど人一人の命の代償だったんですね」
「あっしだって、そんな時に逃げたりは出来ねえ。承知しちゃうね」
と大将。
「そりゃあ命かけられたらどうしようもないですね」
「大きな代償の代わりにって五代目が命をかけた龍を彫ったんだそうだ」
と大将。
「なるほど」

「それでな。あれはお守りなっているそうだ。生涯福賀専務とその関わるもの
全てに手出し無用の事って闇の世界から血判状を取ったのは五代目彫辰さんだ」
福寿司の大将の言葉に力が入った。
それはそうでしょう。人の話でも命をかけた話ですからね。

「彫り物の世界では彫辰は名人の称号で其の称号は自分で次の名人に相応しい
人物につなぐ決まりになっているそうだ」
と大将。
「決して表には出ない隠れた存在なんだけど、戦国時代かそれ以前か古くから
在ったらしいが、特別な階級の嗜好として同好会のような組織があるらしい」
とこれも大将。

「なんたって、五代目は福賀専務が国立アート大学に通い始めた時から早くも
目をつけていたって云うから命を賭けるのも解るような気がする」
「なるほど。五代目の感も凄いですね。福賀専務の凄さを見抜いていたんだ」
「感って凄いものは凄いんですね。今の福賀専務も此れからの専務も感じてた」

「うちら、職人の世界に生きているんで、中には彫りを入れてる先輩もいるね」
「大将はどうなんです?」
「あっしなんか、大した事ないから入れてないけど、あれは或る意味「我慢」
って云ってな、こちら我慢が無いんで申し訳ない」
と大将は笑った。

「あれは誰に教わったのか忘れてしまったけれど大事な事なんです。えーと
私が育った小さな海岸の岬の中腹に尾崎行雄の別宅がありました」
突然何のはなしです福賀専務?私は知っていませが皆さんは如何でしょう。

 その人の人生観「OZAKI YUKIO MEMORIAL FOUNDATION 憲政記念館の
資料に”人生の本舞台は常に将来に在り”人間は歳を重ねるほど其の前途が益々
多望なるべきはずのものだと云うのが私の最近の人生観である。人間にとって
知識と経験ほど尊いものはないが、この二つのものは年毎に増加し、死の直全
が最も偉大な事業、または思想を起こし得べき時期であるに相違ない。
尾崎行雄(尾崎萼堂)

「確かに・・・それに今は感覚、そして私は未だ序幕の段階にいる」
福賀専務ちょっと酔いが回りましたか。
いつもと違って難しい事を話し出しましたよ。

「大将。後でちょっと話したい事があるのでロビーでお茶しましょう」
今まで二人で話した事なんて無かったから何か大変なことかと大将は思った。
「皆さんと一緒では大将個人の話はどうかと思ったので此処に来てもらった
訳です。息子さんの独立の話だから。ご長男と今銀座で一緒ですね」

「二人ととも大きくなっちゃて、自然と上は私の後をついでくれそうでいます。
下はやっぱり料理が好きなんでしょう。洋食の方に行きたいのかフランス語を
習ったりしてますね」
「そうですか。一緒もいいけど、もう大人なんだし支店の大将にしてやっても
良いんじゃないですか?」

「あぁ、独立ですか。そうですね。それは考えていませんんでした」
大事なことを忘れていてハッと気がついたようだ。
「毎日当たり前みたいに二人でやってると、そうした気が起こらずにと云うか
考える余地がないって云うか。そんな状態ですね」

「赤坂に良い処があるんですが、息子さんと一緒に見に行きませんか?」
「それは有難いです。是非お願いします」
「それから、フランス語習っている次男さん、フランスで和食店どうですか?
適当な処を探せそうですが」

「いや~本当に有難うございます。福さんが其処まで考えてくれていたとは
泣きたいくらい嬉しいですよ」
「大将にはいつも我儘ばかり云っていてお世話になってますから」
大広場に戻って行くと従業員と女将が片づけをしていた。
「福賀専務さん、ちょっとお話があるのですが?」

「何でしょう」
「ホテル・旅館組合の会長さんが福賀専務にお会いしたいそうです」
「いつが良いか伺ってくれますか?明日でも私は良いです」
「解りました。伺ってみます」

 次の日の朝、福賀は基礎トレーニングを6時から始め7時にロビーに降りて
行った。
外の空は青く透明な日が射していた。
港に行くと漁業組合の建物に行くと発泡スチロールの箱に用意されたお土産が
用意されている。
「さ~皆さん。好きなのを決めて宅配便で送ってください。お代は心配なし」
全部が福賀持ち。
「福賀専務いつも有難うございます」
「漁業の方はどうですか?」
「勧められたハイテクのお陰で良い漁が出来るようになりました」

「安全第一ですからね」
「はい。その点は前とは全然違います」
「安全で的確な漁が出来るといいですね」
「はい。皆んなも段々慣れて来ました。伊豆の漁業組合の組合長が福賀専務に
相談したいって云っていました」
「そうですか。何だろう?」
「じゃあ連絡してみます」
「よろしく・・・」
「何時ごろ、都合良いですか?」
「夕方ごろかな」
「解りました。じゃあまた」

 それぞれ好きな魚を箱に詰めて配送の手配をしてもらっている。
「終わったらホテルに帰って朝食ですよ」
朝食を済ませて皆さんは一風呂浴びに大浴場へ。 

「私はまだ此方に用事が残っているので又お会いしましょう」
「お世話にんりました」
「楽しかったです」
「有難うございました」
秘書の海辺は未だ用事があると福賀に云われて残された。

 517-m.jpg

「コーヒーでも飲みますか」
「はい」

 皆んなが帰って行ったラウンジで寛いでいると。
「此方、伊豆・ホテル旅館連盟会長の温知さんです」
女将が紹介する。
「はじめまして、温知です。よろしくお願いいたします」
「福賀です。此方は私の秘書の海辺です。よろしくお願いいたします」
女将は話の内容は伝えてあると云ってから・・・
「私は仕事がありますので失礼させていただいてよろしいでしょうか?」
持ち場に戻って行った。

「此処は以前から関心がありまして時々見せてもらっていました。
福賀専務のそう呼ばせていただいて良いですか?私たちの間では福賀専務は
固有名詞になっているものですから」
「ははは、そうですか。どうぞ其れでよろしくお願いします」
いつの間にか伊東ではひょっとすると伊豆でもそうなっていたのだ。

「私に顧問をと女将から聞きましたが?」
「はい。そのお願いで参りました」
「連盟の会長からのお話と云う事は連盟の方たちの総意と受け取って良いと」
「はい。そうです。お引き受けいただけますでしょうか?」
「でしたら受けさせていただきましょう」
「お忙しいところ申し訳ありません」
「私は大丈夫です。問題ありません。お役に立つのであれば使ってください」
「有難うございます。連盟も喜びます」
「温泉大好き海大好きですから、頑張ります」
「早速で恐縮ですが今日連盟の会合が夜にあります。7時からですが8時ごろ
お越しいただければと思っていますが」

「解りました。その時間に伺います」
「では、お待ちしております福賀専務」
秘書の海辺は話の早いのにびっくりしている。
「お引き受けいただいたのでうか?」
「あぁ、引き受けましたよ」
「そうですか。有難うございます」
女将はホッとしたように福賀を見て微笑んだ。

「漁業組合の組合長波埼です。福賀専務さんに顧問をお願いしたいのですが」
「福賀です。組合の方達が望んでいるのでしたらお引き受けしても構いません」
「本当ですか?有難うございます。皆んな喜びます。よろしくお願いします」
「はい。また改めてお会いしましょう。明日いかがですか?」
「夕方から夜に掛けてなら大丈夫です」
「では7時頃で如何です?」
「はい。大丈夫です。じゃあ港の建物でお待ちしています」
「了解です」

 なんて福賀専務は決めるのが早いんだろう。
海辺は驚きを通り越して呆れていた。
「よ~し。これで温泉と海が繋がった」

 つづく


nice!(65) 

小説「イメージ2」No:35


イメージ No:35

「いらっしゃいませ。お疲れ様です」
女将と従業員が出迎える。
「いつも突然で申し訳ありません」
「いいえ、心得ています。いつも福寿司さんが福賀専務を連れて来てくださる
ので助かります」
「そう云っていただけると有難いです」
「さ、どうぞどうぞ先ずは大広間の方へ」
来たことのある客が初めての客をフォローして5階の大広間へ。
「では、簡単なお食事を用意させていただく間にお部屋割りを」

「海辺さん。こちらのお方は?」
「専務の点字の先生と手話の先生で学生さんです」
「では、海辺さんとご一緒でよろしいでしょうか?」
「はい。そうしてください」
「お食事が済みましたら、いつもの福寿司さん恒例の大浴場貸切30分用意
させていただきますが大将よろしいですね」
「そうなんです。その恒例がまた楽しみでしてよろしくお願いします」
「30分を過ぎましたら貸切終了で一般のお客様も入られますがゆっくりして
いただいて結構です」
初めて参加したお客さんは何の事か解らない。
「30分の大浴場貸切って何ですか?」
「ま、この旅行は成り行き任せで楽しむので一緒に行ってみれば解ります」
「そうですか?」
「そうです」
福寿司の女将が海辺のところにやって来た。
「海辺さん。いつものうちの恒例のものって大浴場貸切なんですが、私も東西
観光の山谷部長さんも一緒に参加しますが、新しいお二方にも後で説明をして
いただけますか?出来ればご一緒に」
「はい。解りました」

 女性は福寿司の女将を入れて今回は4人。
女将さんは大将と一緒だし、山谷は添乗員の部屋に案内されていく。
海辺と先生たちの部屋に案内される。
「素敵なお部屋だわ」
「ロビーのホールに飾ってあったタペストリーも素晴らしかったけどお部屋の
絵も素敵。海の近くのホテルのお部屋にぴったり」
「このお部屋の絵も福賀専務さんの作品で各客室全て専務さんの作品です」
ホテルの従業員が説明する。
「すご~い!」
「先ずは大広間へ行ってお食事をいただきましょう」
ゆったりした気持ちに時を忘れている先生たちが海辺に即される。
「はい。そうしましょう」

「失礼しますよ」
生まれて初めての経験、それは今まで想像もしなかった福賀がそこに居た。
「月も皆さんと一緒ですね」
福賀の声が浴室に聞こえてから二人は目をつぶっていた。
「女将さんと海辺さんと山谷さんは何度かお会いしてますが初めてのお二人。
初めまして福賀貴義です。そしてもう一つの名が六代目彫辰です」
目を開けた二人の学生先生は初めて聞くもう一つの名前にびっくりした。
そう云えば肩が出ているところに何か付いているのが気になって見てしまう。
「目が見えると見えなくて良いものも見えてしまいますね」
さりげなく冗談のように福賀は云って目で笑った。
二人は目を見開いたまま固まってしまった。

 神社に行くと拝殿や本殿の彫刻の中に似たような模様があったような。
二人はお互いに同じようなことを感じていたのではないか。
「見えると物事を形として判断出来るから危険から身を守ることが出来ます」
「そうです。真っ暗な部屋の中に居たら何も出来なくて怖くて動けません」
声が出ない沢利と川沿に代わって福寿司の女将が答えた。
「見えると見えないでは天と地ほどに違いますね」
今度は海辺が応じる。
「音が聞こえないのも危ないですね」
と東西観光の山谷。
「そうです。物事が感覚で感じられないと凄く危険です。感じられると其れが
当たり前と思ってしまうけれど。誰もが当たり前ではないのです」
「そうなんです」
学生の先生二人がつられて一緒に声を出した。
「それでも、同じ人間同士、楽しみは一緒に持ち合いたいです」
「そうですね。違いがあったら違いなりに」
「そうですね」

「私にも人に見られたくないモノがあります。訳あって背負う羽目になっ
てしまったので、皆さんとのお付き合いの印に使わせてもらっています」
初めて聞く福賀の深層に触れた感じがして海辺はうるっと来てしまった。
福寿司の女将は大大人だから納得だと大きく頷いている。
山谷は緊張した気持ちで必死に受け止めようとしている。
「実はね五代目彫辰って人に命がけで六代目を継いでくれって頼まれてね。
断れなかったんです。では先生方お二人が見たことのない龍が温泉を泳ぐ図
を見ていただきましょうか。見たくなかったら目をつぶっていて良いですよ」

 今まで胸まで沈んでいた身体を翻して福賀は抜き手を切って泳ぎ始めた。
今まで隠れていた龍が突然現れたので二人はわっと背中を反らせて叫んだ。
本当に龍が波を起こしながら畝って泳いでいる。
龍の周りには桜の花びらが散っていて薄紅色に染まっている。

 515-x.jpg

「皆さんは其のままで。いつも大変お世話になり有難うございます。これ
からもよろしくお願いいたします。では、後ほど大広間で」
福賀はすっと湯船で立ち上がり女性たちに背を向けて大浴場から出て行った。

 38度だから冷たくない程度の低温温泉だから長く入っていられる。
「落ち着いているように見えました?」
海辺は学生先生に落ちつていたと言われて、そんなことないですよって反発し
ている。
「いつでも何処でもどんな時でも専務にはドキドキさせられて居ます」
「そうなんですか?」
「そうですよ」
「あんなの現実には絶対に見られないものでしょう」
「そうですね。昔の時代には任侠の世界、次にヤクザの時代で映画によく出て
来ましたね。そう云う世界のモノって思っています。でも其れだけとは限らな
いようです。職人さんとか鳶の人とか深層的な精神世界でもあったり」
さすが福寿司の女将の認識は若い人にも納得されますね。
「確かに女将さんから伺うとよく解ります。晒すものではなく秘めたもの」
点字と手話の先生にはまだまだ其れでもピント来て居ないようだ。

「昔は今と違うし、今は昔と違うからよく解りませんね」
「要するに、皮膚の中に墨をいれるのが刺青でその意味は昔と今は違うし
国によっても違うみたいですね」
「そうね。日本以外のところのモノはタトゥーっと云ってますね」
年少の山谷や学生と女将の間に海辺が入った。
「それなら知って居ます」
「ポリネシアンやタヒチアンだったりインデアンやプロスポーツの選手たち
の中でお呪いだったり魔除けだったり飾りだったりで入れていますね」
正確な認識と云えるかどうか確かではありませんが、そんな印象を持ってる
ようですね。

「そうね。大きは特徴としてはタトゥーは見えるところに入れているわね」
「だけど、日本の刺青は見えないところに入れている」
「其の違いははっきりしているんじゃないですか?」
「全部が全部じゃないとしても魂を入れるってあると思う」
「それでなのかな?福賀専務さんのものに飾りとは違う怖さを感じました」

「特にあの福賀専務だから尚更あり得ないものだけにドキドキでした」
「あれには本当に見てはいけないモノを見た感じでぞ~っとして鳥肌が立ち
ました」
福寿司の女将が最初に五代目彫辰の刺青を見た時の感想だ。
「私も最初の時は自然体でいながら非現実的なモノを見てしまった感じで
どうしたら良いものか解らなくて困りました」
「でも、しばらくすると凄く怖い感じが美しい感じに変わって来ました」
「専務はいくつも武道を持っていて毎日かかさず鍛錬をされていらっしゃる」

「ご存知なかったのですか?海辺さん」
「はい、伺っていませんでした」
「自分で言うことじゃないので解らないですよね」
「出て行かれた時に目の前を通られました。なんて綺麗なんだろうって」
「そう、意外と落ち着いていたじゃない?」
「そうですか?そうかも知りません」
「でも、福賀専務のお陰で私たち自然な感じを共有し合えたって感じ」

 大広間では男性たちが寛いで話をしている。
「福賀専務の背中にはびっくりしました」
「あれには、私も此処に来て最初に専務が入って来た時ビックリしたね」
「今まで話や映像では知っていましたが実際に見るのは初めてでしょう」
「そうですね。ある意味有難いですよね。現実に見る事が出来ないモノだし」
「全くだ!でも、福賀専務はいまわしく思っているようだよ」
福寿司の大将はしんみりと呟いた。
「それはどう云う事ですか大将?」
「彫られたくないのに彫られたって?」
「あたりめえだろう。本来、絵は壁に掛けて眺めるもの。人間の背中に彫り
込んで背負うものじゃない」
「だいたい何で福賀専務の背中にあれがあるんですか?」
「私は度肝を抜かれて息が詰まりそうでしたよ」
「そうだろう、そうだろう。あれはな人一人の命を大事にした証なんだよ」

 つづく


nice!(56) 

小説「イメージ2」No:34


イメージ No:34

「えらっしい」
「女将!」
「あいよ」
女将が嬉々として急ぎ、のれんを外して店の中にしまう。
「もしもし。銀座の福寿司ですが、女将さんお願いします」
「はい。私です。福賀専務ですか?」
「そうです。大丈夫でしょうか?」
「大丈夫です。そんな予感がしたので空けて待っていました」
「よかった。それでは此れから伺いますのでよろしくお願いします」
「はい。了解です。お待ちしています」
「もしもし、銀座の福寿司です。伊東までバスを1台お願いします」
「はい。あれですね」
「あれです」
「了解」

 初めての二人は何が始まったのだろうと呆気に取れれて興味津々。
大将の声が店内にひびく。
「今日はこれから店の温泉一泊旅行になりました」
福寿司では福賀が来ると其れは伊東温泉一泊旅行に自動的になるのだ。
馴染み客はそれを楽しみにしていて、ひょっとしたら其の日に当たらないかと
願いながら楽しみにして来ている。

 お!今日は付いてるぞって顔がちらほら、そんな事があると聞いていた客は
やっと出会えたかとニコニコしている。
いつもの大将の声が飛ぶ、夫々が旅行に行く準備を始める。
「そう言う訳でね。明日お土産を持って帰るからよろしく」
「そう。だから明日。夕方楽しみにしていてください」
行く客は家に連絡するし、行かれない客は残念そうに帰って行く。

 点字の先生と手話の先生には秘書の海辺が説明をしている。
「え!そうなんですか?」
「そうなんです」
「すごいですね」
 先生と云っても未だ大学生だから、こんなの全く初めてのことだ。

「私たちも行って良いんですか?」
「どうぞって福賀専務が云っています」
「行きます」
この状況では行くしかないでしょう。
「私も行きたいです」
本当なら此処まで話しておくものですが、福賀のサプライズ感覚なんですね。
云ってしまっては驚きも何もないってことなんでしょう。

 急いで心配を掛けないように連絡の電話をしている。
そばで海辺がフォローしている。
「私、株式会社雪月花で福賀専務の秘書をしている海辺です。心配ないです。
今までお世話になっているお礼にと福賀専務が招待した温泉旅行ですから」

 40分もしない内にバスが来たと連絡が入る。
「海辺さん。お連れの方は初めてかしら?」
福寿司の女将が聞いて来た。
「はい。沢利です。よろしくお願いします」
と点字の先生。
「私は川沿です。よろしくお願いします」
と手話の先生。
「そうですか。大学の学生さんで点字と手話を福賀専務さんに教えてるの?」
そんなこと全く知らなかったから女将は驚いたり感心したりしている。
また、新しい福賀専務の違う面が増えた感じで嬉しそうだ。

「福賀専務と一緒だとこう云うことになるので一緒じゃなくても来てね」
「はい、でも私には贅沢すぎる感じで・・・」
「そんなことないわよ。福賀専務の先生なんだから心配いりません」
「うふふ」
海辺が笑みを含んだ目で二人を見た。
「後で海辺さんに色々お聞きになれば解るわよ」
「初めてのことで此れらどうなるのか全然解らなくて・・・」
「うふふ。想像なんてしない方が楽しいわよね。海辺さん」
「そうですね。どうなるのかな~どうなるのかな~って感じで楽しむ方が
良いですよね。女将さん」

「私は福賀専務の秘書になって、このツアーで伊東にご一緒させていただて
からですが、川沿さんと沢利さんは福賀専務のところにいらっしゃったのは
いつ頃ですか?」
「私たちは福賀専務さんが部長さんの終わり頃でした」
「一緒に呼ばれて依頼されたのですか?」
「そうでした。伺ったら沢利さんと入り口でばったり」
「ビックリでした」
「それって、本当にぴったりだったから不思議な感じでした」
「まるで福賀専務さんに吸い寄せられたような』
「ほんと、そんな感じでした」
「レッスンは今と同じ位の時間で?」
「そうです。1時間づつ」
「二人で両方覚えられますね」
「私は点字が専門だけど手話も勉強できて良かったです」
「私は手話が専門ですが点字を学べてラッキーです」
「私は専務と一緒に両方教えていただけて凄く感謝しています」

「福賀専務さんは女性と一対一にならないようにされて居るみたいですね」
「それは何時も気を使っていらっしゃるようですよ」
「会社の仕事ではどうなのかな~って?」
「同じですね。専務は会社にいらっしゃる時は専務室にお一人で、私は専務付き
ですが秘書室にいて呼ばれたら専務の部屋に伺います」
「それって緊張しませんか?」
「ええ、色々な意味で緊張します」
「どの位?」
「そうですね。この位』
海辺は右手の親指と人差し指の先を少し広げて答えた。

「へ~ぇその位ですか」
「ははは、本気にしちゃった?そんな訳ないでしょう」
「でしょうね。福賀専務さんって大学卒業して即部長で入った人でしょう」
「業界では初めてのスカウトですからね」
「この方がって見てしまいます。私たち大学生としては雲の上の人です」
「凄過ぎて私たちとはレベルが違う特別な人って感じです」
「それは私たち社員も同じだと思いますよ」
「資質もある上に素質に恵まれて其の上で鍛錬したり努力したり磨いたり」
「誰もしていない努力をされて来られたんだと思います」
「やっぱり違いはそこにありましたか」
「ありましたね」
「明日はお二人もこの位緊張しますよ」
と海辺はさっきと同じように指で示した。

「私たち大学は違うけど未だ学生だし・・・」
「サークルに入って勉強中だし・・・」
「でも、凄いじゃないですか」
「凄くはないですよ。好きだからやってるだけです」
「そうね。私も興味があって好きだからだと思う」
海辺は黙って二人の話を聞いている。
「始めは点字って暗号みたいで素敵って感じで入りました」
「私は手の踊りみたいな感じでフラを連想したんです」

 516-z.jpg

「先生方はレッスンの後、専務に何処かに連れていってもらったりは?」
「全然ありませんでした」
二人は同時に頷いた。
「海辺さんは福賀専務付きの秘書だから何度か付いて来られてるでしょう」
「はい。今日で3回目です」
「これは本当にビックリ旅行って感じですが海辺さんは慣れていらっしゃる」
「いいえ。まだ慣れているって感じは全然ありません」
「へ~ぇ3回でも?」
「3回でもです。その度に違って同じって事がありませんから」
「今度どうなるか知りたい反面、知らない方が良いかもと思っています」
「そうですよ。知らない方が一つ一つ新鮮です」
「初めて福賀専務さんと外に出たら其処が福寿司で伊東に行ってこんなだった」
「それで良いことにしましょう」
「其れは其れとしてバスの走り方が気になりません」
「私も気になってた」
学生先生二人が云い出した。
「止まったか動き出しているのか止まっているのか殆ど感じない」
「本当にそんな感じですね」
他の人たちも其のことに気づき始めた。
サービスエリアで休憩。
「運転手さん、見事な運転ですね」
初めて乗り合わせたお客さんが声を掛けた。
今日の運転が車部長だと云うことは福寿司の大将たちや常連客は知っている。
「恐れ入ります。添乗の部長に気持ちを入れて運転しろと言われています」
「あぁ十分気持ち入った運転でしたよ。全然気が付かないでいた位でした」
「まるで雲に乗ってる気分でしたよ」
添乗して来た山谷部長も嬉しそうに云ってきた。
「これが東西観光の運転です」
「まだまだですが」
運転して来た車部長はどこまでも謙虚だ。
「社長の運転のようにはまだまだ遠くて届きません」
「これは福賀専務が社長になったからなんだね」
「そうです。他の会社よりお客様に満足していただける気持ちいい運転を
うちの会社のものにしようって社長の考えなんです」
「それは良い考えだ。で、その福賀社長の運転はどうなの?」
「それはそれは、もう空を飛んでるように素晴らしいです」
「そうなんだ。出来るんだね。やる気になればね。そんでどうなのお客に?」
「お陰で私たちの運転に乗りたいお客様が凄く増えました」
「そうでしょう。あの運転は素晴らしい。気持ちよく乗っていられて幸せ気分」
「有難うございます」
さあ休憩が終わったら一路伊東温泉・山海ホテルへ行きますよ。

 つづく


nice!(55) 

小説「イメージ2」No:33


イメージ No:33

 著名人を呼んで対談するTV番組「アルミの窓」に経営者会議の会長・海氏が
出演している。
「いろいろ経済や経営のお話を伺えて勉強になりました。有難うございました。
ちょっと他に伺いたい事があるのですが、よろしいでしょうか?」
「何です?ひょっとすると彼れのこと?」
「流石に会長さんは感が素晴らしい。株式会社雪月花の専務さんを可愛がって
いらっしゃるとお聞きしましたが」
「そう。あいつ、いや彼ね。彼の事は多少知ってます。多少ですがね」
「多少ですか?」
「そう。多少ですよ。多くは知らない。まだ知らないところが沢山ありそう。
知らない方がず~っと多い感じがする」
「成る程。会長さんがそう仰る福賀専務さんに私は非常に興味がありまして是非
私のこの番組に出ていただきたいとお願いをしているのですが」

「本人に?」
「いいえ。秘書の方に」
「それで?」
「何回お願いしてもスケジュールが詰まっていまして申し訳ありませんと」
「断られた?」
「はい。出演していただける時がありましたら私に直接でもとケイタイの電話番
号をお伝えしてあるのですが」
「来ないか?」
「はい、全く」
「で私に云ってくれと」
「はい。失礼なお願いで大変申し訳ないのですが会長さんからなら」
「それは解りません。彼は変わっているからね」
「でも、会長さんしかお願い出来る方がおりませんので、お願いします」
「そう言われたら断れませんな。言うだけ云ってみましょう。彼に青年部長を
頼みたい用事があるから。でも、どうなるか責任は持てませんからね」
数日してアルミの携帯が鳴った。
「株式会社雪月花の福賀です」

 アルミは局で番組の企画会議中だった。
「アルミです。福賀専務さん。お待ちしていました」
「で、月の前半で1日から5日頃が良いのですが」
「有難うございます。では、来月の1日に此方にお越しいただけますか?」
「解りました。時間は午後にしていただけますか?」
「はい。午後何時頃がよろしいでしょうか?」
「午後2時でどうでしょう?」
「はい。結構です。来月の1日午後2時。お待ちいています」

 やった~!福賀専務の「アルミの窓」出演が決まったと大はしゃぎですよ。
「会長に頼んだのが効きましたね」
「お礼の電話を先ず会長にしなければ」
「ほんと。思い切ったのよ。出演者に頼むなんて失礼な事だと解っていたけど
どうしても出てほしかったから頼んじゃった」
「さ~ぁ来月1日までにプランを立てなければ」
「出来るだけ福賀さんの資料を集めます」
「お願い!」
「福賀さんの事だから、どんな展開になるか解らないって感じがしますが」
「そうね。余り内容を決めない方がよさそうね」
「そう思います」
プロヂューサーもディレクターも興奮気味。
「何かワクワクして来て震えちゃってます」
「私もよ」
「スクープって感じですね」
「そうよ。これは大スクープよ。だから他に漏れないように気をつけましょう」
「了解」 

「福賀さんは未だ雑誌のインタビューも受けてないのでは?」
「多分まだ受けていらっしゃらないと思います」
「メディアでは私たちの番組が初めてよ」
「そうででしょう」
「1時間枠で行けるかしら?」
とアルミ。
「いや2時間取りますか?」
「そうね。2時間枠で調整してみて」
「はい。やってみましょう」
「多分、来月1日に打ち合わせして2日から5日までに収録ね」
「あくまで此れは此方の考えで福賀さんはどう思っているか解らない」
 
「専務に女性月刊誌の方からお電話です」
「つないでください」

「女性月刊誌「スピリッツ」編集部の水辺です。お忙しいところ申し訳ありま
せん。福賀専務さんにインタビューをお願いしたいのですが如何でしょうか?」
「いつ発行になるものですか?」
「来月の末になります」
「そうですか。それなら受けさせていただきましょう。いつが良いですか?」
「本当ですか?有難うございます」
受けてくれるかどうか解らなかったのだろう。
「来週の中頃いかがでしょうか?」
「では、水曜日の昼に此方に来てください。如何ですか?」
「はい。結構です。有難うございます。よろしくお願いいたします」
「はい、楽しみにしています」

 福賀はそろそろマスコミと関わっても良いかなって感じになっていた。
メディアを媒体として宣伝の仕事の関わって来た福賀だから、これらの世界を
知らないわけではない。
しかし、自分自身がその中で素材として扱われることはなかった。
「どうなるかは関わってみなければ解らない事だから考えても仕方がない」

 常に自然体でありたいと思う福賀だから、その場になれば感覚が自然に動き
出すし感覚が福賀に働いて、今までにない展開があって新たな世界が開けて
くるかもしれない。

「会長ですか?「アルミの窓」に出ることにしました」
「そうだってね。アルミさんから電話があった」
「これからマスコミで暴れますからよろしくお願いします」
「いいとも。思い切ってやってくれ。それから青年部会だけど部長を頼むよ」
「解りました。出来るかどうか解りませんが、やらせていただきます」
「そうかい。有難う。ごちゃごちゃ云わないところが良いな。よろしく」

 imaji-514d.jpg
 
 今までは広告の仕事で隠れていた人間が表に出ると表現の世界で知られて
いた人間が実像として感受される。
作品と実像が並べられる。
それはメリットでもあったりデメリットでもあったりする。
何故か?
それは想像の部分を塞いてしまうからだ。
それぞれの想像があって楽しめたがそれがなくなる。
福賀にその覚悟は出来ているのか?
「出来ています」

 もっとも入社前の予告新聞広告で既に自分の経歴と写真を載せている。
虚構と現実をいまさら気にする必要がない。
どんな事があるか解らないで居るのが自然体であり、依頼を受けて出る訳で
云わばまな板にのった鯉だと思えば良いのだろう。

 アルミの方は経営者会議の会長の顔を立てる感じで出る事を承知したが一方
ナミカの方はどうなって居るのか気になるところだが心配はないようだ。
二人で同じ志をもって個々に活動している。
ナミカは自分のアパートに個人事務所をつくりNPOの活動をしている。
その事業は障害、いや障がいと書こう、何故なら害について辛い思いが感じられ
て抵抗があるからだ。

 色々な障がいを持つ人がいて其の具合も夫々違っていて視覚障がいとか聴覚
障がいなどとまとめられないところがある。
近年は知的障がいや他の障がいと重複障がいが増えて来ている。
そうした基本的な受け止め方や認識をグループで考えあう組織をまとめている。
そこに大学生の点字の先生と手話の先生に来てもらって教わっている状態だ。

 片や福賀はまた別のルートで点字と手話を研修社員と一緒に会社の一室を
研修用として使っていて其処にはナミカとは別だがやはり大学の点字サークル
と手話研究会のメンバーに来てもらって学習していて其処には海辺も来ている。
週2回1時間づつ定時の5時から7時までとしている。

今、福賀が企画した日仏現代美術交流展の作品は、視覚障がいのある人たちも
楽しめるようにと意識した作品の制作を提案している。
勿論、福賀もその条件で作品の制作をアパートで進行中だ。

 あぁまた伊豆の海に会いたくなって、高原の空気もほしくなって来た。
「そうだ。これから美味しい寿司を食べに行きませんか?」
「お寿司ですか?大好きです」
「私もお寿司大好きです。忘れるくらい食べてないです」
「今日は金曜日で明日はお休み」
「行けますか?」
行けますと二人の先生が答える。
「では、行きましょう」
「海辺さん、よろしく」
「はい。専務」
「どうでした?」
「勿論、OKです」

 つづく



nice!(57) 

小説「イメージ2」No:32


イメージ No:32
 
 バスの中は車運転手の部長昇進と添乗員山谷の部長就任を知って良い感じ
に盛り上がっている。
「そしてこのツアーは東西観光の社長で雪月花の福賀専務がスポンサーです
ので安心安全快適な旅行を皆さんお楽しみいただけます」
山谷のスピーチに大きな拍手が起こった。

「なるほど。そうだったんですね。それは知りませんでした」
初参加の取締役候補者5人はここでも又ビックリでした。
途中のサービスエリアで休憩を取って一路伊東温泉・山海ホテルに向かった。

「いらっしゃいませ。お疲れさまです。お待ちしておりました」
女将と従業員が出迎えてくれる。
「いつも突然ですみません。福賀専務ですから。ごめんなさいね」
「いいえ、福寿司さんとでないと福賀専務はなかなか来てくれません」
女将同士でお互いの挨拶をしている。
また5人は初めての風景を見て不思議な感じがしている。

「皆さん先ずは宴会場の方へ簡単なお食事を用意いたしました」
福寿司の女将が今日のメンバーの違ったところを伝えている。
5人は初めて来た山海ホテルのロビーに立って周りを見回している。
「仕事してると温泉なんて思いもつかない事でした」
「温泉は思っただけでも気持ちが生き返る感じがします」
「ここも専務の馴染みのお宿なのね」
「わ~あのタペストリー素敵!」
「あれは専務の作品を京都でおってもらったモノだそうですよ」
海辺が女将に聞いていたので説明している。
「そうなの。あれが在るだけでも此処に来た甲斐があるわね」
「おそらく他にない此処だけのシンボルね」
「専務のセンスが楽しめそう」
「各お部屋に専務の作品が飾ってあるそうよ」
「え~ほんと。凄い!」
ここまでは良いですが此れからが大変ですよ。

 宴会場には簡単とは云っても伊豆港に上がった新鮮な魚の料理が並ぶ。
「いや~いつも申し訳ありません。鮮度の良さが生きていて有難いです」
福寿司と山海ホテルが福賀と何か特別な関係がありそうだと感じて来た5人。
「この後、いつものように大浴場を貸し切りにいたします、そちらもお楽しみ
ください」
「それは有難いです。それも此方でなければの楽しみでして」
「あまり長くお時間を取れませんので30分づつで如何でしょう?」
「はい、充分です。何しろ福賀専務が一般の人と一緒に入れないですからな」
福賀の所為にして大将が店の若い衆などに促すと一斉に皆んなが大きく頷く。

「では、貸し切りの時間にお入りになられる方は貸し切り券を差し上げますの
でご希望の方は申し出てください」
何だなんだ又可笑しな事を女将が云い出したぞと5人が警戒している。
専務と一緒に入るって貸し切り風呂って何だ其れは訳が解らないぞって。

 それはね福賀専務が一般のお客と一緒に入れないモノを持ってるからですよ。
そんな事は知らない5人の中の一人が手を挙げた。
「何で福賀専務は一般の人と一緒にお風呂に入れないんですか?」
もう一人も手を挙げたぞ。
「何でこの旅行は専務と混浴付きなんですか?」
そんなこと云っていないし、ちょっと落ち着いてください5人さん。

 山海ホテルの女将がお風呂の事なのでと福寿司の大将を抑えて答える。
「先ずは、何故一般の人と一緒に福賀専務さんが入れないかですが、入浴の規約
に合わないモノをお持ちなのです。具体的にはお話できませんが。混浴付きでは
ありません。ご希望なさる方はどうぞと申し上げていますのよ」
そうなのよ~。
福賀専務が提唱している男女機会均等の精神と関係があっての事かな。
そんな感じが私は5人から感じたがね(雲)

「福賀専務さんが他の取締役さんと違うところが理由と云えば理由でしょうか、
でも、強制的なものでは絶対にありません。男女機会均等の試みと思っては?」
「まだね、俺たち男性軍はメンタルな面が未熟でね。タオルなしで男女混浴はね。
福賀専務に無理だって思われているんだね」
男と女の裸の付き合いはまだまだと福寿司の大将が頭をかきかき言い切った。

 imaji-513b.jpg

「つい難しく考えてしまうけど、真面目に考えなければいけませんが、乗って
みなければ解らないし、なにしろ興味津々な事は確かだから私乗ります」
「そうね。そうだわ。私も乗ります」
「こうなったら、この旅行にとことん乗ってみます」
「私も試みに乗ります」
「私も初めてですが乗ってみたいです」
流石は専務が決めた取締役候補だこの位の事でひるまない。
「私は社長に皆さんと一緒に参加させてくださいと望んで来ました」
添乗員の山谷は勿論その積りでいる。
「女将さん、私たちに貸し切り券をください」

「はい、では此れを持って時間に大浴場にお出でください。入り口に従業員が
居てご案内します。お断りしますが、浴槽にタオルを巻いての入浴はなしです」
赤い字で女風呂貸し切り券と書いてある。
「はい。解りました。TVの旅番組のような野暮なことはいたしません」
「そう云えば女性は私たち6人と添乗員さんの7人だけね」

 専務と裸で一緒は雪月花組みの6人そして今日部長になった東西観光の山谷。
大浴場は円形の露天風呂だから必然的に手前の淵に並んでしまう。
今夜は晴れ間に一つだけ固まった雲が浮かんでいて、まん丸な月が輝いている。
「お月さん見ないでね」
なんて誰かが緊張ほぐしに云ってたら福賀専務が入って来た。
皆んなが揃って出ていた肩が隠れるくらいにお湯の中に沈んだ。
「失礼します」
流し台で掛け湯をしている音だけがひびいている。

 来たぞ~。
「湯船の右端から周り込んで入ります。しばらく目を閉じていてください」
緊張が段々高まってくるのが胸の鼓動でそれぞれが感じている。
また専務が言葉を発した。
「龍が温泉を泳ぐのって見たことありますか?」
何云ってるんだろううちの社長はあるわけないじゃん?
山谷は心の中でブツブツ云っていた。
「有りません」
この固まった緊張感を破らなければと海辺が答えた。
「海辺さん、嘘を云ってはいけませんよ。あなたは一人だけ見てます」

「忘れていました。確か以前一度見たことがあります」
「そうでしたね。忘れる訳ないと思いますよ」
「はい。確かに仰る通りです」
「後の方に聞きます。龍が温泉で泳ぐの見たいですか?」
「見たいです」
「では、目を開けてください」

 ざぶんって大きな音がした時は専務の背中の龍が温泉を泳ぎはじめていた。
福賀の背中に龍が居るなんて何てことでしょう。
この世のものとは到底思うことが出来ないのでやっぱり目が点になる。
「皆さん初めまして福賀貴義です。又の名を六代目彫辰と申します」
え~福賀専務って彫物師でもあったなんて思いもしてないからビッックリ。
「これについては何れまた別の機会に話しますが、これは私のお守りでもあっ
て此間は株主総会の時にやって来た総会屋に此れから来ない様に出来ましたし
今日はこうして皆さんとのコミュニケーションに使わせてもらいましたが如何
でしたか上がってからでも聞かせて下さい」

 皆んな海辺を含め息が止まる思いを必死に堪えていた。
「これが私の素の姿です。皆さんと裸の付き合いが出来て良かったです」
でも此れは私の隠れた個人情報ですから他言無用にして下さいと云ってから
専務&社長はまた静かに抜き手を切ってゆっくりと畝りながら背中の龍を泳がせ
て右端から上がって出て行く。
「宴会場で男性たちと飲んで待っていますからいらっしゃい」
背中でそう云いながら去って行った。

「はぁ~」
「ふぅ~」
「も~ぅ」
「いや~」
「う~ん」
恐怖と感動とショックで詰めていた溜息が一気に吹き出された。
「見た!」
「見たわ」
「凄かったわ」
「もう言葉にならないショック」
「あれが日本の刺青なのね」
「本物の本物です。掘ったのが五代目彫辰で彫辰は名人の称号だそうです」
海辺が必死に説明をする。
「神秘的な感じがしたわ」
「彫る人も凄いし彫られた人も凄いしね」
「参りました。まるで彫刻のダビデでした」
スーツの下にあれほど素晴らしい肉体が隠れていたとは思わなかっただろう。
それはそうだ。
福賀は鍛えているからね。
感覚も技能も想像力も磨くだけ磨いている。
磨いて磨いて未だ磨くのか福賀貴義。

つづく


nice!(56) 

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。